前回に引き続き2023年11月22日に訪問した関東第一高等学校のご紹介の後編をお伝えします。
<後編>
ICTが活用されるようになった背景とこれからの活用について
——関東第一高等学校はGoogle for Educationの事例校に指定されており、Google認定の先生方が多くいらっしゃるそうですね。そのような取り組みを学校全体で行われてきた経緯について教えてください。
加藤校長先生Googleのプラットフォームを入れたということが大きいです。コロナもあいまって、どのように活用していくかを考えた時に、学校全体で認定の資格を取るということが、教員のモチベーションを上げるきっかけになったと思います。若い先生方を中心に、積極的に認定の講習に出て、あっという間に皆さんレベル1を取得しました。1年で20人。今、32人が認定資格を所持しています。教科を問わず活用して、色々な授業に生かしています。
田中先生職員室の皆さんの座席で右か左を向けばどちらかに必ず認定者がいる状態になっていて、わからなくても周りの人に聞けば、そこで解決するという状態になっています。
私がいなかったら使えない、三原先生がいなかったら使えないという状態ではなく、周りに伝えれば解決するということが30人いると可能になります。
—2020年~21年頃からほぼ2、3年でそのような形になったのですね。他校様とお話しすると二極化してきていて、コロナ禍でのスタートは一緒ですが、対面授業が戻ったところで停滞してしまっている学校と、対面授業が戻っても活用がさらに進んでいる学校というのは分かれてしまっていると感じています。先ほどのGPTの話にもつながりますが、前向きにやってみようという文化が貴校にはあると思います。
田中先生私は着任して4年ほどですが、コロナになる前からICTを使った実践に取り組んでおり、コロナが来ようが来まいがいつでも遠隔授業ができたというのがスタートラインです。コロナが始まる2年前くらいから活用が本格化し始めました。対面授業が戻っても、それが分けたという感じは、特にないという気がしています。
三原教頭先生コロナがエンジンを発動したというか、私たちにとってもちょうど良いタイミングだったと思います。
加藤校長先生すでにChromebookを導入していて、Google for Educationを全員が使える状態にはなっていたのですが、ただその時は一部の人しか活用できていない状態でした。初めは、積極的に使う人が少数だったのですが、コロナを機会に圧倒的に変わっていきました。スタンダードの授業に取り入れている年配の先生がとても増えて、再雇用の先生も活用しています。
田中先生先生方が教材をポートフォリオするようになっていて、授業で使った資料のデータを蓄積して流用できたり、クラスルームで流れをまとめたりと、全教員に使用することを求めた結果、データの蓄積と活用が進みました。
三原教頭先生コロナ禍にたくさんの蓄積ができました。あの時は、余裕のない中で授業を進めていただけではなく、ノウハウが蓄積されたことをそれぞれの先生が感じていて、それを使いたいと思う教員の意識がICTの活用を加速させていきました。
—授業のスライドやプリントなどの資料の蓄積ができたのですね。
加藤校長先生自分の授業動画も撮っていたので、せっかく撮ったのだからもったいないと感じています。自分も撮りためている動画を復習用に載せています。あとは田中先生が、学校全体のICT化を助けてくださる役割をしていて、先生方全員の授業を何回か見に行って、こうしたい時はどうしたらいいのという先生方の相談に乗ってくれました。
田中先生はじめは授業を見に行くと嫌がられましたね。自分の科に口を出すなという方もいました。
そのように話していた先生から「私も変わらないといけない」「自分の授業をもっと極めたい」と相談があり、「じゃあYouTubeをやりませんか?」と伝えると、YouTubeに出るようになりました。日に日にキレキレのパフォーマンスになっています。
—情報科以外の授業でもGoogleスライドを使って授業されたり、生徒のみなさんも端末を使って学ばれているのでしょうか。
田中先生はい、全ての教科で活用しています。
加藤校長先生国語はドキュメントが多いですね。シェアしやすいので。
三原教頭先生添削もしやすいです。志望理由書や校務に関する資料など共有のものはすべてGoogleドキュメントで作り、共有しています。
—話は変わりますが、本日の授業の中で最後に田中先生が先生方に共有するプロンプトをChatGPTで作られていましたが、何を作られていたのでしょうか?
田中先生まだこれは申し上げていませんが、ChatGPTを、業務を担当できるロボットとして、同じ組織内で共有できるようにしています。
先生方が自由にChatGPTのトレーニングができるようなボットを今作成していて、みんなで集まって研修会をするのは大変なので、空き時間に各自トレーニングを行えるようなボットになっています。これもまたGoogleの時と同じようにChatGPTを分かりやすく置いておいて24時間365日いつでも使えるようにし、先生方が利活用しやすい環境を作っています。
「こういう困りごとをどうしたらいいですか」という相談が仕事の中で多くあります。「Wordでここを改行したいのにずれてしまう」から始まり、「印刷で差し込みありにするにはどうしたらいいでしょうか」など色々な質問があるので、そういうものを全部一挙に答えてくれるボットも今作っています。
—田中先生の記事などで評価にもChatGPTを活用するという話がありましたが、どのように活用されるのでしょうか?
田中先生ルーブリックでは教員が子どもたちの成果を見たり、アドバイスをしたりしますが、それには先生の主観がどうしても入ってしまうことがあります。
しかし、ルーブリックをExcelやCSVなどの形式でアップロードして、「子どもたちの成果をここからここまで査定してください」というとAIがパフォーマンスを論理的・客観的に評価してくれます。
Googleを介してGoogleスプレッドシート上でもできます。まもなくGoogleから新しいAIが出ますが、Googleドライブ上のGoogleドキュメントなどのあらゆるものを1つのフォルダに入れておいて、このフォルダの中の各ファイルについて「この観点で評価してください」と指示を書くと評価してくれます。
プロンプトを書くための練習を教員が普段からできるように様々な仕組みづくりもしています。指示(プロンプト)の出し方が大変重要だからです。「このルーブリックに沿って査定してください」という指示です。普段から指示を出すことに慣れていないと、そもそもその発想が先生方に湧いてこないのです。
—パフォーマンス評価もChatGPT上でうまくプロンプトを組んで指示を出せば、行えるのですね。
田中先生パフォーマンス評価もAIに任せるほうが人間より客観的です。自動運転を例にしても、自動運転の方が、人が運転するよりも16倍事故率が低いという統計が出ていて、AIが行った方が公平になるのは間違いないと思っています。
まだ実験していない段階なのですが、2024年はそのような流れになると思っていて、実験する学校がどんどん出てくると思います。技術自体は準備万端なので、あとはいかにデータを統合していくかという問題です。データが分散している学校はそれができないので、いかにクラウド上に集約していくかというのが2024年以降を切り分ける、明暗を分ける、明確な基準だと考えています。
—貴校ではすでにデータのクラウド移行が進んでいるのでしょうか。
田中先生現在進めている段階です。現在Google事例校も実は査定され始めていて、事例を出さないと認定されなくなっています。その明確な基準に校務DXとデータ活用があるのですが、我々もそれにチャレンジしていて、例えば子どもたちのウェルビーイングのデータや模試で調査する学習時間や読書時間、スマホ利用時間を取っていて、そのデータが分散してCSVなどになって、そのCSVをGoogleのスプレッドシート上に集め、いつでも因子分析できるようにしたり、行列回転できるようにしたりする活用をすでに始めています。
他にも部活動の活動時間のデータをスプレッドシート上で管理してシートに入れるようにしています。他にもいろいろ始めていこうとしているのですが、Googleのクラウド上に集めると、いつでも相関を調べることができるというところで、次のパイというか、データで見る教育の再評価みたいなシーンに日本が突入していると思います。
その第1歩になることをやっている事例校が少ないので、関東第一高等学校でスタートしたということは、一つ大きな風穴になったと思います。そのことによって事例校に認定されるようになったと思っています。
—教育データになると、国公立しか実証試験や事例が無いと思うのですが、まさに先ほどの学習調査などをどのように分析して可視化するのか、私学の事例があると他校でもどんどん取り組んでいけるのではないかと思います。
田中先生データは、1年間データを取っただけでは「こんな成果が出ました」とはなりませんし、データはずっと取っていないと重み付けができません。取るところがスタートなのに、こんなにデータを取るのが遅くていいのかというのが今の日本の問題としてあると思います。取り始めるということが喫緊の課題だと感じています。
—他校ではデータを活用する必要があってもどう動いていいかわからないということが多いのですが、貴校ではすでに具体的な行動に移されているのですね。
田中先生はい。クラス編成で悩む先生から「子どもたちの相性を考える何か役に立つ情報がありませんか」という依頼が来るようになったのは、おそらくウェルビーイングのデータを取っているからなのだと思います。2年生から3年生に学年が上がるときに、例えば仲が悪い子を一緒のクラスにすると、退学率が高まるのではないかという仮説があるそうで、それをどうしたらいいですかという相談がありました。答えはありませんが、それを見るときに参考になる情報とはなんだろうと考えたときに、仮説に基づいて適切なデータを取っているとそこから何か見えてくる可能性がありますが、データを取っていないと何も見えてきません。
—ウェルビーイングのデータとはどのようなデータを取られているのでしょうか?
田中先生慶応大学の前野先生が提唱しているウェルビーイングの4つの因子をもとにした因果、因子分析、因果関係などを抽出して作ったアンケートの項目があって、それを学期に1回取らせてもらっています。人によって幸福度は違うと思います。低いと悪いではなくて、低いのがその子にとって普通なのかどうかは、学期に1回取っていないと、その子の普通というのが出てこない。しかも、それを1年だけとってもダメで、通年とって検証しないと分からないと思います。昨年と比較してどうか、同じような状態の子と比べてこの子の変化はどうかなど、そのことを標準化するための材料として取っています。
—渋谷区や筑波市などでも、保健室の利用状況や、精神状態のアンケートなどを取って、いじめや不登校の問題などの兆候に気づけるかという取り組みを行われていますが、今のお話もそこと並行している取り組みと思い、それを早速私学でも行われているということは素晴らしいですね。
田中先生それをシステムに組み込むとなると、莫大な費用が掛かります。付け焼刃になってしまいますが、それでも作ることができるのがGoogleの良さだと思います。
部活動の運営管理システムなども、生徒指導部から言われて作りましたが、実はパッと作ることができます。高額な開発費用がかかると思われがちですが、1ヶ月くらい考えれば運用できるようにしてしまうのが、Googleの良さなのではないかと思います。
—田中先生の記事を読ませていただいたときに、ChatGPTというのは自己複製だと話されていました。自分の役割をChatGPTに任せてやってくれるとすれば、先生方の業務量も減らしてくことができるのではないかと思うのですがいかがでしょうか?
田中先生業務量は実際には増えています。時間はもちろん生まれるのですけれど、すぐ埋まってしまいます。だから業務量は無限に増えていくという感覚があります。
データの活用などはすべてChatGPTに任せるほうがよいと思います。たくさんのビッグデータが入ったものから関連性がありそうなものを、いくつかの因子を常に取り出し続けるボットを作り、データが取れたらそこに取り出しておいておく、という風に先生方に伝えておくと良さそうな組み合わせやアイデアが出たりするのではないかと考えています。
例えば、子どもたちがスマホを1日1時間使っているほうが成績の伸び率が高いというデータが出たら、変に禁止するよりも「しっかりと情報を取りましょう」という指導になるかもしれません。
そのような試金石のようなものが見つかるのがデータ分析のいいところです。それを複製しておくということが重要なので、ChatGPTで複製さえすればそれに仕事をさせられるという状況を作り、空いた時間で教師は違うことをするという働き方になってくるのではないでしょうか。
—働き方改革などの面で言うと、もっと教育の質を高めていくという方向に進んでいくと思うのですが、働く内容、中身はやはり高度化されていくのでしょうか。
田中先生現在もできる先生に仕事が集まっていると思うのでが、それが過激になっていくだけなのではないかと推察しています。今以上に仕組み化できると、できる先生が捌ける量が増えていくのではないでしょうか。
加藤校長先生部活動のデータやウェルビーイングの話なども1回それができ、データ活用ができるとわかると、思いつくことが多くなります。それでは誰がやる?という話になるのですが。
—先生方が新しいものをどんどん取り入れていく時のリスキリングの時間なども増えていくように思われますが、いかがでしょうか。
田中先生休み時間の10分間の間に次の授業のことを考える時間は、教員には絶対あると思います。しかし、来客対応や保護者からの電話などがあるとそれも叶わず、授業に行ってアドリブで行うことになるなどの残念な状況が起きてしまう可能性があります。それがいいのかは分かりませんが、例えば授業の準備はChatGPTにやってもらい、保護者に電話をしながら、授業に行く頃にはレジュメができているということも可能になるかもしれません。
ここで大事なのはレジュメ通りにやることではなくて、その情報を基に自分がアレンジして行うことで、そのアイデアが重要です。ChatGPTに丸投げではなくて素案が出てきてそれを自分が手直ししていくという使い方になるのではないかなと思っています。
いずれもさっき校長がおっしゃっていたように、元となる、判断ができる知見がないとそれも叶わないのですが。
—教員側もアップデートしていくというか、レベルを上げていく必要があるのでしょうか。
田中先生そうですね。どんなふうに聞けば、どう返ってくるのかということぐらいは知っておいた方がいいと思います。
—今も新しいものをどんどん取り入れられて活用されていると思うのですが、これからもっとこういうことをしていきたいなど、今後の展望について教えてください。
加藤校長先生まだわからないですね。
三原教頭先生ぱっと出てきたら「よし、それ!」みたいな。
加藤校長先生これからこれが流行るねというのには比較的飛びついているようなところはあります。
三原教頭先生GoogleのPlus エディションを検討している段階です。生徒が1人60円ほどお金を払うと、子どもたちに渡した課題にAIがアドバイスをくれて、参考YouTubeもつけてくれて、AIが子どもたちのアシスタントになってくれるというものがあります。
GoogleのBirdを子どもたちが使えるようになると、GoogleのほうからもAIを使って子どもたちに寄り添うという風になるので、そこをどう研ぎ澄ましていくのかというのが今後のシナリオになるのではないかと思っています。
公立だとなかなか実験できないので、関東第一高等学校のようなすごくチャレンジ精神がある、実験思考というかアジャイル思考というか、そのような学校が道を開いていくのではないかと感じています。
—本当に姿勢や意識が全然違うと感じました。やはりチャレンジ精神が無いと話が進まないとも感じました。ありがとうございました。
~ふりかえり~
関東第一高等学校ではChatGPTやGoogleツールを活用した授業が日常的に行われ、データ活用に関しても日頃からデータを残すことを意識して実践を行うことで、活用に向けての準備を着実に進められていました。
時代の波に乗るだけではなく、時代の先を読み、常に新しいもの、よりよいものを取り入れていくという姿勢や自分たちが新しい教育の第一人者になるという気概を感じました。
関東第一高等学校の実践は変化の激しい現代社会において、その変化に対応した教育のあり方の1つの道筋を示してくれているのではないかと感じた取材でした。