現在、ChatGPTが登場したことで教育現場にも大きな変化が生まれることが予想されています。ChatGPTなどの生成AIは教育データの活用などあらゆる教育活動に生かすことができます。生成AIや教育データ活用が学校現場に導入されることで、今後の教育は一体どのように変化していくのでしょうか。
今回は2023年8月23日に開催された「コアネット私学教育フォーラム2023」で実施された講座の中から、「ICT教育により教えと学びはどう変わるのか? ~生成AIから教育データの利活用まで~」を講演いただいた、日本マイクロソフト株式会社の中田 寿穂(なかた ひさほ)氏のお話を抜粋してお届けします。
生成AIによる新しい学習方法
文部科学省は2023年7月4日にChatGPTなどの生成型AIについて、学校での利用に関する留意点をまとめたガイドラインを公表しました。不適切な利用を防止するのが中心的な内容でしたが、世界各国ではすでに「新しい学習手段」になっているところがほとんどです。日本国内でどのように利用していけばいいのかということを早急に検討しないと世界に取り残されてしまいます。このことを真剣に受け止める必要があります。
今、本当に大切なのは「新しい学習手段が登場した今、それを教育現場でどのように使っていくのかという方法論」だと思います。
対話型AIはAIチャットボットとも呼ばれ、自然言語処理(NLP)技術を用いてユーザと自然な会話をすることができるシステムです。学習者は自然な言葉で質問できるとともに、対話型AIとのやり取りの中で「自律的に学習」できるようになります。
Microsoftの共同創業者であるBill Gate(ビル ゲイツ)も2023年3月に英国首相との面談で、「18か月以内にAIチャットボットが子どもたちを教えるようになるだろう」と述べていることからも、対話型のAIを使った学習がこれからますます広がっていくでしょう。
AIによる自律的な学習支援システムの例としては、米国の非営利教育団体であるKhan Academy(カーン アカデミー)が提供する「AI家庭教師」が挙げられます。
例えば子どもが「(12分の5)×2の答えを教えて」と聞いたとします。その時、AIはすぐに答えを教得ません。「自分でできるようになることが大事です!」「(12分の5)×2 をするには何が必要だと思いますか?」などと返事をして、あくまで「ヒント」を与え、学習者が問題解決力を自主的に育めるような作りになっています。
生成AIの登場は評価の仕方にも変化を与えます。今まではテストの点数など「習熟度評価」が主でしたが、AIとのやり取りの中で、生徒たちのつまずきがリアルタイムでわかるようになるため、「どの問題は理解していて、どの問題がわからないのか」ということが見えるようになります。そのため、以前よりもつまずいている子どもたちをサポートしてあげやすくなります。
今までは先生が大勢の生徒に同じことを教える「一斉授業」が行われてきましたが、これからは子どもたちがそれぞれのテーマに沿って探究型学習を行い、AIがそれをサポートする「個別最適型」の学びが実現できるでしょう。AIが答えられないところを先生が答えていくという形になるのではないでしょうか?
実際に海外ではそのような形に変化しているところもあります。文科省も探究学習、個別最適化学習について言及しているので今後きっと変化していくと予想されます。
生成AIは教育現場で様々な役割を持てると期待されています。
例えば先に出てきた家庭教師のような、チューターやメンターのような役割が行えるでしょう。
また、学習チームがよりよく学べるように支援するチームメイトとしてのAIも登場しています。
香川大学では「カダメイト」というチームメイトAIの実証実験が行われました。コロナ禍でオンライン学習が多かった当時、授業内で発言ができるように支援する「仮想学習者AI」を用いて、ちょうどいいタイミングでチャットに質問を投げてもらうということを行いました。
この質問により、「こんな質問していいんだ!」「難しい質問も、送って大丈夫なんだ!」と思う生徒が増え、授業でのコミュニケーションが活性化しました。
また、AIによる学習コミュニティづくりも行われています。オーストラリアの大学では、Microsoft Teams上で授業に対する質問を受け付けています。AIが質問をした生徒と質問に答えられる生徒同士をつなげて、質問を聞きあえるようにしています。このような取り組みは生徒のやる気スイッチになっているそうで、他の学生から質問が来るから一生懸命勉強するようになるそうです。
この他にも様々な活用方法が考えられます。AIの利点として24時間365日対応できることや、何度同じ質問をしても嫌な顔をされないことが挙げられます。このことは人間の教師にはなかなかできないことだと思います。
現在、生成AIを使った教材のコストが落ちてきているので、これから教育現場にも導入されやすくなるでしょう。生成AIが活用されれば教育現場が大きく変わってくるはずです。
教育データの利活用
現在教育データの利活用も進められていますが、漠然とデータを取り、何かしらのインサイト(洞察)を得ようとすると多くの場合で成果が出ずに、失敗します。
まずは、「何を目的として教育データを利活用するのか」を考える必要があります。
- 目指すべき教育はなにか?
⇒学校、教育委員会が5年後10年後に目指す教育は? - KPIの指標は?
⇒評価するための指標は? - 取得すべき情報は?
⇒どんなデータを取れば評価できる?
以上のことを考えておくことが重要です。今までの経験と勘による意思決定(教育)からデータに基づく意思決定(教育)ができるようにしていかなくてはなりません。
また、PDCAの考えだとデータに基づく意思決定はうまくいきません。OODA(ウーダ)ループの手法を使って取り組んでいくとよいでしょう。
「Observe(観察)」⇒「Orient(状況判断)」⇒「Decide(意思決定)」⇒「Action(行動)」のループを行っていくことで、変化の早い環境でもチャンスを逃さずに行動に移すことができます。このループを1週間を基準に回していきましょう。
香川大学医学部付属病院でOODAループを使った改革の実証実験を行いました。国立大学は各国立大学の収益とか、事業などについてデータベースが全部そろっています。各国立大学のパラメーター、病院のベット数の変化から収益が上がっている病院とそうでない病院がわかります。
うまくいっている病院といっていない病院でアンケートを取り、うまくいっている病院と同じように経営を行っていくようにしました。そのことをモニタリングしながら、リアルタイムに確認していきます。
もし、うまくいっていなければそれはなぜなのかヒアリングして、それに対してプランを作ってアクションをする。この繰り返しを1週間以内に行い、短期間で最適化できるようにしていきました。
その結果、1年間の実証実験で、このように取り組めば増収できるということが実証できました。
今まで勘でしかわからなかったことがデータで可視化できたことで、改善につなげることができました。教育現場でも同様に改善していくことができるでしょう。
PowerBIを用いた渋谷区の事例
渋谷区教育委員会とはGIGAスクールが始まってから教育ダッシュボードを作るという取り組みを2年前から行っています。
最初の目標としては「落ちこぼれの生徒を見つける」というもので、欠席の状況や保健室の利用が増えてきたなどの予兆を取りながら、相関関係を取るということを行いました。「心の天気」という日々の気持ちの変化を子どもたち自身に入れてもらうということも行いました。
一番相関が大きかったのが子どもたちがWEBで検索する「検索キーワード」です。検索で「家出」とか「自殺」と引いている子が顕著に成績も落ちていくし、不登校になるということが明らかになりました。渋谷区の事例だと、だれがそのような検索ワードを検索したのか「通知」で分かるようになっていて、それを学校全体でサポートできるようにしました。ダッシュボードで教職員全員が状況を見れるようになるので、学校全体で落ちこぼれないように対応できます。これからは成績を上げるためにはどうするかという段階に行こうと思っています。
このようなダッシュボードを作る際は、自分たちに合ったダッシュボードを自分たちで作っていく必要があります。なぜならば、それぞれの学校や教育委員会によって取るべきデータは変わってくるでしょうし、地域性によっても相関関係がかなり異なることも十分考えられるからです。
そして、これからは生成AIがこのようなダッシュボードを作ってくれる時代になっています。MicrosoftのCopilotとPowerBIを使えば、ITに詳しくない人でも、欲しい内容を文章で表現してもらえればきれいなグラフが作れます。また、データがあれば生成AIと連携するだけで相関がありそうなデータを持ってきてくれます。
今年の後半から来春にかけてこのようなサービスが使えるようになるので、まずは学校の中にあるデータをまとめておいてもらいたいと思います。
学習面だけでなく、学級運営にも活用することができます。ハイパーQUなどを用いると児童を6つのグループに分け、クラスづくりに用いることもできます。バランスの悪いクラスは荒れやすいため、ベテランの先生に持ってもらうなどの対策が可能です。
AIが出てきたからと言って教師が必要ないとは私は思わないし、絶対必要です。ただ、やるべきことが大分変わっていくのではないかなと思います。例えば、子ども達のやる気スイッチを押すことが教師の重要な仕事になるのではないでしょうか。
黒板に板書して、テストの丸つけをしてというのはAIに任せて、余った時間で生身の人間対人間で子どもたちのやる気を作ってあげることに集中し、学級経営に力を入れられるようになるのではないかと考えています。AIはTA(ティーチングアシスタント)と同じ感覚で活用していけるといいのではないでしょうか。