競技型デジタルアート「LIMITS(リミッツ)」は、20分の制限時間内でイラスト、アニメーション、マンガなどのアートを、デジタル機器を使って制作し、その勝敗を競うイベントです。2015年5月に大会がスタートし、2023年からは、高校生大会もスタートしました。今回は「LIMITS」を主催されているP.A.I.N.T. Inc.の大山氏、池田氏、藤田氏に大会の詳細とSTEAM教育や探究教育などの教育との関連について伺いました。
LIMITSは2015年に大阪で生まれた世界初のアートスポーツです。クリエイターたちが制限時間の中で渾身のパフォーマンスを行いしのぎを削るステージで、観客を魅了します。すでに多くのプロのクリエイターが参加する大会であるのに加えて、2023年からは高校生大会も開催して、若き才能のぶつかり合いも注目を集めています。このLIMITSというアートのスポーツを通じて育まれるチカラは、発想力・表現力・コミュニケーション力など創造力の基盤となるものであり、これは今後の社会で必要とされる能力に他なりません。私たちは、クリエイティブ制作体験を通じて、クリエイターだけでなくこれからの世の中を力強く生き抜いていく人々すべてに必要なチカラを伸ばしていき、そのチカラを競い合い伸ばしあうステージとしてLIMITSを行っていきます。
―LIMITSを開発された経緯について教えてください。
リミッツは2015年にスタートしました。もともとは大阪で始まり、大阪のクリエイティブチームがクリエイティブ界をもっと盛り上げようという趣旨で始まりました。
初めに「デジタルライブペイント」という形で行うと面白いのではないかというアイディアから始まりました。しかし、絵を描いているところを永遠に観せられているだけでは何をしているのかよくわからないのではないかと思い、一般の人が見ても面白く、心をつかむようなコンテンツにしなければいけないと考えていた中で、「戦わせてもいいのでは?」「時間制限を設けてもいいのでは?」という案が出てきました。
初めは1時間勝負で考えていましたがそれでは長いということになって、最終的に制限時間は20分で、16人のトーナメントという形になりました。さらに、「テーマをその場で決めよう」などのアイディアも出てきました。
始めたころはデジタルツールと言ってもまだiPadがクリエイティブツールとして普及しておらず、Wacomの液晶タブレットもそこまで普及していなかったような状態でした。参加者はペンタブというものを使って、機材持ち込みの形で行っていましたが、実際に行ってみるとクリエイターは今まで戦ったこともないし、そもそも戦うということをあまりしてきてない人たちが多く、みんな本当にドキドキしていたのですけれど、戦ってみたらその20分の中で駆け抜けていくような感覚になり、様々なドラマが生まれていきました。
最初の頃はツールや機材も色々と不備があり、マシントラブルばかりでした。場合によっては15分描いたものが一気に飛んでしまい、残り5分で描かなくてはいけない状況になって、それでも必死に描く姿に、観ている人達も非常に盛り上がりました。また、バトルが終わった後はみんながハイファイブしたり、ハグしたりして、2日間を乗り切った16名がその場で一気に先輩も後輩も関係なく仲良くなりました。「これは上手くいきそうだ」という感覚が持てたので、日本オリジナルの競技コンテンツとして2015年5月に始めるに至りました。
―「LIMITS」という名前の由来についても教えてください。
「限界を突破しろ」という意味があります。「限界」というのは、まずは20分間というリミテーションがあるということです。また、テーマの中で作らなければいけないというリミテーションがある。その意味で、限界であったり、制約という意味があります。
アート界ではかなりタブーなことをやっていると自覚しています。「こんなのはアートではない」と言われたりもしましたが、我々は「アートではなくエンターテイメントです」と伝えています。我々はアートを作ろうとしているわけではなく、「クリエイターたちがもっと活躍できるようにする」ことや「活躍する場を作る」こと、もしくは「クリエイターたちにスポットライトがあたり、フィーチャーされる」ことを目指しているので、我々がやっていることがアートである必要はないと考えています。アートの固定観念を打破しようという意識も特には無く、どちらかというとクリエイターの活躍の場が無いという状況を打破したいとことが原点にありました。
クリエイターについてもやる前は賛否両論ありましたが、実際に行ってみると圧倒的に賛成の方が多い気がしています。今まで、クリエイターは、そもそもバトルをするなんてことは考えていない人が多かったので、はじめは人も全然集まらなかったのですが、現在は人も集まるようになり、LIMITSをきっかけにチャンスをつかみたいという人も出てきました。
また、高校生大会をやることによって、若い子たちはLIMITSを通じて戦うことが当たり前、という世代になっていくのではないかと感じています。
―LIMITSに参加した生徒や先生方の反応について教えてください。
今までは大人のクリエイターが対象で、日本のクリエイターを支えたい、海外進出させたいという想いで、海外でパフォーマンスを行ったりしていたのですが、高校生大会を立ち上げた時、目的が少し変わってきました。
高校生の段階ではまだ自分の好きなものを描く段階だと思うのですが、目の前の人がどんなリアクションするのか、審査員などにどんなことを言われるのか、などを意識することで、相手に伝わる絵を描くようになり、大会を行っている数カ月の間で参加者の意識が大きく変わっていきました。
作品のクオリティも変化し、表現することや考えること、喋ることも全部変わってきて、その変化に見ている大人側も感動させられました。高校生は目標を与えてあげることで一気にレベルアップできるということもわかりました。
もちろん勝つことは大切なのですが、「自分の表現したいものを表現して、伝えたいことを伝える」ということがすごく大事だと思っています。我々の大会では企業さんとコラボをしており、昨年は東急歌舞伎町タワーに自分の描いたオリジナル作品を放映するという特別賞を用意していたのですが、去年出た子の中で、優勝ではなく、そちらの賞を狙う子が出てきて、あえてその担当者に刺さる作品を考えて、見事入賞した子もいました。このようにプロでも難しいようなことをするぐらい成長する子もいます。
ある学校の先生から言われたのは、そのLIMITSの大会に出ることを目標に練習することで画力も上がったし、目標を決めているために、どんどんスピーディーに学び、テクニックなども努力して身に付けている。けれども、それ以上に自分の考えていることを、絵を通して伝えるということをすごく意識するようになっているために、普段の取り組み方、チャレンジの仕方、発言の内容などが、「相手に伝わりやすいか」という基準でコミュニケーションを取れるようになっていると話していました。
これがLIMITSのおかげなのかは明確にはわからないのですが、LIMITSに取り組むことでコミュニケーションの能力が変化しているということは、我々自身にとっても大きな発見でした。
参加している子たちがLIMITSを通して成長している、しかもクリエイターになるためだけではなくて、人間的にも成長していくということは、本当にいいきっかけになっているのではないかと考えています。
―クリエイティブな能力だけでなく、人間的な成長にも繋がるのですね。LIMITSの特徴には他にはどのようなものがありますか。
芸術系の部活動は基本的にコンテストなどに出品することが多いため、実際に会う機会があまりなく、横のつながりを作ることがほとんどないと思います。しかし、LIMITSの大会で実際に会場に来てもらうことで他の学校の生徒との交流が出来たり、同世代の絵を描いて表現することが好きな子たちが集まることができる場になっていると考えています。
また、他のジャンルとのコラボレーションも行っており、テーマについては広辞苑さんにサポートいただいて国語とコラボレーションをしたり、スポーツや音楽とのコラボレーションをしたりしています。表現していく際には、様々な分野の知識が必要だと考えます。賛同してくださるスポンサーの方とのつながりや、審査員にはアニメ監督さんや漫画関係の方、メディア系の方などにご協力いただいており、そのような大人の方とのつながりもできています。過去2年間で行くと、優勝者をアメリカ・ハリウッドのクリエイティブスタジオ見学に招待し、トップクリエイターと触れ合う機会を作ったりもしました。縦・横両方のつながりを作れるのがLIMITSの特徴だと考えています。
―最後にこれからの展望について教えてください。
今後はさらに範囲を広げて専門学校、大学生の大会を開催したいと考えています。
クリエイターの卵達やクリエイターになりたいと考えている子たちの実力試しの場として、高校生だけでなく専門学校、大学生、芸大・美大などの若手の学生大会を行いたいと考えています。このLIMITSをもっと広めていきたいし、世の中や学校教育機関に対してもLIMITSがあることで子どもたちの成長に繋がるというところを示していくためにも、LIMITSの存在感というのを大きくしていきたいと考えています。そのためには若い子たちの中でヒーローのような存在、中学生・小学生・幼稚園生レベルから「ああいう人になりたい」のような存在をLIMITSの大会から世に出していけるようにしたいと考えています。
また、我々のLIMITSを通して「アートを行うことによってアートができるようになる」だけではなく、「アートを行うことによって、成長を促す」とすれば、STEAM教育の「A」の部分の思想に合致するのではないかと考えています。LIMITSはあくまで1つの大会であり、ステージであり、ツールかもしれないのですが、それを通じて成長してくれればそれほど嬉しいことはないです。学校現場でも「美術って何のためにやっているの?」 という疑問を持たれることもあり、なかなか目的を置きづらいと感じることが多いと思います。それをすべて探究や人間形成だとは言えないのですが、そういうものにつながることや、つながらせる方法があるということを我々としては打ち出していければと考えています。
今後はLIMITS の裾野をもっと広げて、大会だけでなく、子ども達がこのクリエイティブというものを通じてチャレンジし、自分を成長させていけるような教育プログラムを考えていきたいと思っています。教育界の方からも、20分間のLIMITSを分解してみると様々な教育的要素があると言っていただいています。現在も大学の方と一緒にプログラムを考えており、大阪の高等学校では我々がカリキュラムを作ったクリエイターコースも作りました。「表現したいことを表現する」ということで考えると、クリエイティブに特化していない学校にも適用していけるのではないかと考えています。
今回の取材を通して「LIMITS」は20分間という時間制限や定められたテーマなどの制約がある中で、いかに観ている人にインパクトや感動を与えられるか、表現したいものを表現できるかを競う大会だとわかりました。
大会を通してアートの技術だけでなく、コミュニケーション能力や目的意識など、人間的な成長を促すことができるということが非常に印象的でした。また、この「LIMITS」の大会や教育プログラムが広がっていくことで、多くの児童・生徒の自己表現を促し、成長するきっかけを与えてくれる機会になるのではないかと感じました。
2025年度も夏に高校生大会が開催される予定です。ご興味のある方は是非ご参加・ご観覧ください。