AARサイクル

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AARサイクル

コアネット教育総合研究所
所長 松原 和之

AARサイクルとは、OECDのEducation2030プロジェクトで提唱されているAnticipation(見通し)-Action(行動)-Reflection(振り返り)のステージを繰り返す学習プロセスのことです。

 VUCAといわれる変化の激しい時代において、状況に応じて柔軟に対応し、自ら変革をもたらすことができるコンピテンシーを身につけるためには、見通しを持ってから学習活動を行い、当初の見通しを踏まえて振り返りを行うというサイクルを回すように学習することが必要です。そのサイクルがAARサイクルです。

AARサイクルの3つのステージ

 サイクルを3つのステージに区分していますが、2番目のAction(行動)は、学習活動そのもののことです。もちろん、従来のように、一斉授業の中で受動的に学習する姿を前提とはしておらず、協働的な学習も含め、主体的に学んでいる姿をイメージしてください。
 Anticipationは「見通し」と訳されていますが、ただ見通すというよりも、主体的に未来を先取りする思考と捉えた方が適切です。OECDの資料でも、「未来を先取りして体験し、シミュレートする」ことが重要だと説明されています。
 Reflectionは、日本語では「振り返り」ですが、「体験と体験を結び付ける、物事の関係の理解を深める、思考を改善する(OECD)」といったことを行うことです。
 つまり、AARサイクルとは、自分で予測をして計画を描き、実践に移し、実践を振り返って経験から新しい知識を抽出したり次の予測や目標につなげたりしていく学習サイクルなのです。

 OECDは、このサイクルを推奨していますが、サイクルを確立することが目的なのではなく、サイクルを通してコンピテンシーを獲得しながら自己実現を目指していくことが目的です。見通し-行動-振り返りはそれぞれが能力であり、これらの能力を発揮しながら学習することによってコンピテンシーが身についていくのです。

コンピテンシーを育むAARサイクル

 OECDのEducation2030が提唱する「ラーニング・コンパス」においては、「変革をもたらすコンピテンシー」として、「新たな価値を創造する力(creating new value)」「対立やジレンマに対処する力(reconciling tensions and dilemmas)」「責任ある行動をとる力(taking responsibility)」の3つを定義していますが、それぞれが他のコンピテンシーと複雑かつ相互に関連しており、それゆえ、見通し-行動-振り返りの連続した過程を通じて学習させることが重要だといいます。
 見通し段階では、分析的思考力や批判的思考力といった認知スキルを活用して、将来何が必要になるか、あるいは、現時点でとった行動が将来にどのような影響を及ぼすかといったことを予測する力を必要とします。振り返り段階では、決断したり、選択したり、行動する際に、これまで分かっていたことや想定したことから一歩引いて、状況を他の異なる視点から見直すことによって、客観的なスタンスをとることができる力が必要となります。
 このように、見通しも振り返りも、いずれも責任ある行動の前提となるものであり、変革をもたらすコンピテンシーそのものと重なります。世界に積極的に関わっていくために必要となる相互に関連したコンピテンシーを育成するためには、AAR のプロセスを通して知識やスキル、態度及び価値を総動員していくことが大切なのです。

AARサイクルとPDCAサイクルとの違い

 AARサイクルは、ビジネス場面でよく使われる(近年では学校のマネジメントやカリキュラム・マネジメントの分野でも使用される)PDCAサイクルとよく似た概念です。この2つの違いについて整理しておきましょう。
 大きな違いは、PDCAサイクルが主に組織や集団のマネジメントのサイクルであるのに対し、AARサイクルは、主に子どもを対象とした一人ひとりの人間の学習のサイクルであることです。
 PDCAサイクルは組織や集団のマネジメントが対象なので、反復的で短期間のサイクルが想定されています。それに対し、AARサイクルは一人ひとりの人間が発達していく上での長期的な改善のサイクルに焦点を当てています。
 AARサイクルは学びのサイクルです。見通し段階では、分析的思考力や批判的思考力、将来を予測する力等を、振り返り段階では、決断・選択・行動における客観的判断力等を発揮する実践を通して、それらのコンピテンシーを身につけることが目的となります。

 AARサイクルは、それ自体は手段であり、それを通じてコンピテンシーを身につけることが目的であるというところに違いがあります。
 一般に、PDCAサイクルのP(計画)とAARサイクルのA(見通し)の違いに着目し、PDCAサイクルは「じっくりと計画を立ててから実行する」のに対し、AARサイクルは「ある程度見通しが立ったらまずは実行してみる」という違いを指摘する言説も多くみられます。
 AARサイクルが学習のサイクルであるという性質からいって、そういう側面もあることは確かですが、OECDは特にこの点を違いとして強調はしていません。
 一度立てた計画(見通し)でも、状況に応じて柔軟に修正しながら進めていくということ自体は、AARサイクルでもPDCAサイクルでも同じなので、ことさらにこの違いに着目せずに、学習場面においてはAARサイクルを使うと考えておけばよいのではないかと思います。

実際の学校現場での活用

 AARサイクルを回す主体は子どもです。したがって、教師の役割は、この3つのステージを授業や単元の中にデザインすることです。
 例えば、学校行事である文化祭に向けて、生徒たちが各学年で取り組む場合を考えてみましょう。見通しの段階において、生徒たちは、自分たちにどんなことができるか、どのようなものが求められているのか、どんな成果を得たいか等を考えながら準備をしていきます。そして、行動の段階においては、内容を企画し、展示物を作成したり、会場準備をしたりして、実際の文化祭当日を迎え、来校者に応対したりします。その後、振り返りの段階において、自分たちの立てた目標が達成できたのか、うまくいった点はなぜうまくいったのか、失敗した点はどうして失敗したのか、などを振り返り、次の活動や次の学年に向けて意欲を高めていくというプロセスになると思います。
 ともすると、自分たちが楽しけばよいという発想になり、来校者の期待の想定や成果の目標などは立てずに行動に移してしまいます。そして、「ああ、楽しかったね」と感想を言い合って終わってしまいます。
 文化祭も学習の一環だと考えれば、何を学ぶのかを考えなければいけません。自分たちの企画により、来校者にどんな経験を与えられるのか、どうしたら楽しんでもらえるのか、それを自分たちのリソースだけでどのように実現するのか。そういった見通しをもつこと自体が学びであり、その見通しに応じて、分析的・客観的に振り返ること自体がまた学びになります。
 このように、学校行事の前後にきちんと見通しと振り返りができる時間を確保することが大切です。また、このサイクルを意識させ、何を学ぶのかという目的意識を持たせることも重要です。
 わかりやすい例として行事での学びを例に話しましたが、教科の授業においても同じです。1時間の単位、単元の単位で、見通しと振り返りを設定してAARサイクルを実現しましょう。

 主体的な学びを実現させるためには、見通しと振り返りがとても重要であり、それ自体が学びの一環にもなります。こうして、AARサイクルを回すことが、変革をもたらすコンピテンシーを身につけることにもつながっていけば理想だと思います。

[参考文献]

※白井俊著「OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来」(2020,ミネルヴァ書房)
※文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室 「OECD Education 2030 プロジェクトについて」

(2024年05月)