人的資本経営

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人的資本経営

コアネット教育総合研究所
横浜研究室 室長補佐 中村 恭弘


 

人的資本経営とは

 人的資本経営は、文字通り「人材」を「資本」と捉えた経営の在り方であり、経済産業省は「人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義しています。

 日本ではこれまで「ヒト・カネ・モノ・情報」は四大経営資源とされ、人材は資源として捉えられていました。「資源」という言葉から解釈すれば、経営の視点からは人材はコストと捉えていたと同義になるでしょう。人材を「資本」と捉えるということはつまり、人材に対してかける労力やお金は企業にとっての投資であり、人材の価値を引き出すことが目的と位置付けられます。

 外部環境がめまぐるしく変化する昨今、人的資本経営は国内外で注目される経営スタイルとなっています。教員の指導力が価値に直結する学校経営において、人的資本経営という考え方はかなり重要な視点となります。

人的資本経営が注目される背景

 人的資本が注目される理由の1つとして、無形資産の価値向上があげられます。技術革新が進む昨今、様々な仕事が技術に代替されることになり、結果として人的資本を含む無形資産の重要度が高まっています。実際に、アメリカ市場における企業時価総額に占める無形資産の割合は年々増加しており、2020年には時価総額の90%を無形資産が占めていたとも言われています。それに伴い企業経営や投資判断における人的資本に関する情報の重要性が増しており、企業における人的資本の開示が国際的な流れとなっています。
 日本においても、政府は「競争優位の源泉や持続的な企業価値向上の推進力は「無形資産」に」とした上で、早ければ2023年3月期より、企業に人的資本情報の開示を義務付ける方針だとしています。

(参考)人的資本の情報開示項目例

 内閣官房は2022年6月に、「人的資本」可視化の指針案を公開、その中で「企業は必ずしも全てを開示する必要はない」とした上で、人的資本に関して日本企業として開示が望ましい項目案を以下のように示しました。

情報開示が望ましい項目例

  • 育成(リーダーシップ、育成、スキル/経験)
  • エンゲージメント
  • 流動性(採用、維持、サクセッション)
  • ダイバーシティ(ダイバーシティ、被差別、育児休暇)
  • 健康・安全(精神的健康、身体的健康、安全)
  • 労働慣行(労働慣行、児童労働/強制労働、賃金の公正性、福利厚生、組合との関係)
  • コンプライアンス/倫理

開示情報の具体例

  • 育成:
    研修時間、研修費用、パフォーマンスとキャリア開発につき定期的なレビューを受けている社員の割合、研修参加率、複数分野の研修受講率、研修と人材開発の効果、人材確保・定着の取り組みの説明、スキル向上などプログラムの種類・対象
  • 流動性:
    離職率、定着率、新規雇用の総数・比率、離職の総数、採用・離職コスト、人材確保・定着の取り組みの説明、移行支援プログラム・キャリア終了マネジメント、後継者有効率、後継者カバー率、後継者準備率、求人ポジションの採用充足に必要な期間、従業員一人当たりの質

学校経営における人的資本経営の捉え方

 冒頭にも述べた通り、教員の指導力が価値に直結する学校経営においては、人材を資本として捉えた人材戦略が不可欠です。人材を資本と捉える、ということは、つまり学校経営においても(学校経営だからこそ)、人材が学校の価値創造の源泉であるという前提に立ち、一般企業以上に人材育成、人材確保に力を入れ、投資をしていく必要がある、ということになるでしょう。

 例えば、人材育成という視点で言えば、よく「指導できる教員がいない」という悩みを聞くこともありますが、そうした場合には「指導できるスキルやマインドセットを持った教員を育てる」というところから着手をしなければなりません。経営的な視点では、そうした時間の確保や環境の提供に対して投資をするべきです。
 また、私学における採用活動は、一般企業と比べると力のかけ方が明確に異なります。教員のなり手が減少している今、有為な人材を確保する、ということは学校経営上の重要な課題です。そうした中では、採用活動をしている人に向けた情報発信を積極的に行い、有為な人材を広く惹きつけることも考えなければいけません。
 学習院大学経済学部・経済学科の宮川努教授、滝澤美帆教授の調査によるとGDPに占める人材投資の割合を諸外国と日本企業で比較すると、日本は圧倒的に後れを取っており、なおかつ日本のみが2008年以降人材投資額が減少しているそうです。

 こと学校経営においては、教育の改革、働き方改革などといった事柄と同時並行的に考えなければならないことが多く、経営者にとっても現場の教職員にとってもいたずらに負担を増やしてしまう結果になりがちです。また、そうした労働環境も1つの要因となって教員へのなり手が減少していることも問題となっています。
 そうした状況だからこそ、めまぐるしく状況が変化する時代に、私学としての持続可能な価値を創造・向上させていくため、人材投資の拡大も視野に入れながら、自校の人事戦略や人材マネジメントの在り方に、いまいちど目を向けてみてはいかがでしょうか。

(2022年11月)