コアネット教育総合研究所
所長 松原 和之
Education2030とは、OECD(経済協力開発機構)が2015年に立ち上げたプロジェクトのことです。正確には「OECD Future of Education and Skills 2030 project(教育とスキルの未来2030プロジェクト)」と言います。複雑で予測が困難な2030年の世界を生き抜くために、生徒たちに必要な力は何か、そしてそれをどのように育成するのかといったことを検討しています。
現在までに第一段階の検討が終わっており、「ラーニング・コンパス」という学習の枠組みが提唱されています。そこでは、「エージェンシー」という力が注目され、また2030年の目標である「ウェル・ビーイング」を達成するために、どのようなコンピテンシーが必要なのか、という概念図が描かれています。
ここでは、Education2030プロジェクトの背景や経過とともに、フェーズⅠで示された「ラーニング・コンパス」とその重要な要素について解説します。
Education2030プロジェクトは、東日本大震災を契機に行われた「OECD東北スクール・プロジェクト」がきっかけで誕生したと言われています。東北スクール・プロジェクトは、「子どもたちと教師が共同で、2030年の世界における課題に対応していくためにはどのような知識スキル、ふるまい方が必要かということについて考え、自分たちなりの『2030年に向けた新しい学校教育』のモデルを創り出した」(白井,2020)とされており、Education2030に大きな影響を与えたことは確かです。
OECDは、2003年に「DeSeCoプロジェクト」の最終報告で、21世紀に必要な能力として「キー・コンピテンシー」を発表していましたが、Education2030プロジェクトはその後継と言えるでしょう。
キー・コンピテンシーの策定の時は、アメリカとヨーロッパが中心となっていたため、日本は参加できなかったのですが、今回はうまくきっかけをつかめ、いち早くプロジェクトへの参加の意思表明をしました。
そのおかげで、Education2030の内容と日本の新学習指導要領には多くの共通点が見られます。
プロジェクトは2つのフェーズに分かれており、2015~2018年のフェーズIは、2030年に向けて必要な能力の再定義と学習フレームワークの開発に焦点を当てています。そして、2019年以降のフェーズIIは、カリキュラムの実現と2030年の教育フレームワークの作成に焦点を当てています。つまり、フェーズⅠは「what」を、フェーズⅡは「How」を問いとして立てているというこです。
2019年5月にフェーズⅠの最終報告書の一つとしてコンセプトノートが公表されました。コンセプトノートは、国際マルチステークホルダーが共に創造してきた「2030 年に望まれる社会のビジョン」と、「そのビジョンを実現する主体として求められる生徒像とコンピテンシー」の概念について説明したもので、2018 年に公表されたポジション・ペーパー(中間報告)をさらに発展させたものといえます。
Education2030プロジェクト・フェーズⅠの最終報告(コンセプトノート)で提示された中心的概念は、学習の枠組みとしての「ラーニング・コンパス(OECD Learning Compass 2030)」です。生徒たちが未知の状況の中で自分たちの進むべき方向を見つけ舵取りをするという意味を込めて「コンパス(羅針盤)」と名付けられています。
そして、生徒たちが目指すべき目標は「ウェルビーイング(Well-being 2030)」です。ウェルビーイングとは、「より良く生きること=幸せ」という意味ですが、それは個人としてのウェルビーイングだけでなく、集団としてウェルビーイングも含意しています。もっと言えば、人間だけではなく、生物全体、地球全体を指しているとも言えます。
「ラーニング・コンパス」の中には、生徒たちに必要な力として「変革をもたらすコンピテンシー(transformative competencies)」を置いています。そこには「新たな価値を創造する力(creating new value)」「対立やジレンマに対処する力(reconciling tensions and dilemmas)」「責任ある行動をとる力(taking responsibility)」の3つが重要な力として定義されています。
また、身に付けるべきコンピテンシーを構成する要素として「知識(knowledge)」「スキル(skills)」「態度・価値(attitudes & values)」を縦横に描いています。
さらには、学びを着実に進めるためには、「見通し(anticipation)」「行動(action)」「振り返り(reflection)」という繰り返しの学習活動が大切です。これを「AARサイクル」と呼び、概念図ではコンパスの外側の回転矢印でそれを表しています。
ラーニング・コンパスの概念図には、ウェルビーイングの山を登ろうとする生徒として「エージェンシー(Student agency)」が描かれています。OECDは、そもそも「生徒たちは自分の人生や周りの世界を良くする意思と力を持っている」という考えに基づき、「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力(the capacity to set a goal, reflect and responsibly to effect change)」をエージェンシーとして定義しています。そして、「エージェンシー」を発揮するために必要なものとして、「ラーニング・コンパス」という学習の枠組みを置いているのです。
また、概念図の中には「共同エージェンシー(Co-agency with peers, teachers, parents, communities)」が描かれています。世界をより良くするのは、決して一人では成し遂げられず、友人や教師、保護者や地域との協力があってこそです。エージェンシーという言葉には、生徒が主体的に行動する力が強調されていますが、教師の専門性によるサポートなしには成しえないと考えているということは付記しておきます。
現在、Education2030プロジェクトは、フェーズⅡに入っており、これらの学習の枠組みをいかに実現するか、どのようなカリキュラムを構築すべきかという検討に入っています。
日本においては、Education2030の動きを把握しながら新学習指導要領を制定しているため、世界の潮流をうまく捉えていますが、今後のEducation2030プロジェクトの動向も見定めながら、常に改善し、全地球的なウェルビーイングの実現を目指していってほしいと思います。
[参考文献]
※白井俊著「OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来」(2020,ミネルヴァ書房)
※東京学芸大学次世代教育研究推進機構ホームページ