第6回 渋谷教育学園渋谷中学高等学校

  • 求められるのは「目標設定力」と「実現力」

    時代を捉えたビジョン策定と校長のリーダーシップが改革を成功に導く

    渋谷教育学園渋谷中学高等学校 校長 田村哲夫 先生

    「私学マネジメントレビュー」第13号(2004年12月発行)より転載
    渋谷教育学園幕張中学高等学校の成功に続き、96年に開校し、今年開校9年目を迎えた渋谷教育学園渋谷中学高等学校。 その成功の鍵は、渋谷教育学園幕張中学高等校の開校も含む周到な改革準備と、校長の強いリーダーシップにあった。両校のトップである田村哲夫校長に、改革の詳細についてお話を伺った。

    聞き手:株式会社コアネット副社長 小嶋隆

    小嶋 貴校は1996年の開校初年度に、1200名以上の応募者を集め、話題を呼びました。その人気は初年度だけのものではなく、これまでの8年間ずっと、応募者数を1000名以上に保つとともに、受験時の難易度も、年々上がっています。新設校はスタートして数年でその学校の評価が決まると言われていますが、貴校がこれほどの順調なスタートを切られた、その理由はどこにあるのか、教えていただけますか。

    新しい教育システムを全くの新設校でスタートさせた

    田村校長 本校が他の新設校と違うのは、1996年に渋谷教育学園渋谷中学校(以下渋谷中高)を開校した際、既に1983年に開校していた渋谷教育学園幕張高等学校(以下幕張中高 注:当時は高校のみ。中学は86年に開校。)が実績を出していた点にあります。

    小嶋 たしかにそれは貴校の特徴だと思います。ただ、すでに渋谷に学校(渋谷女子高等学校)をお持ちだったのに、まず千葉県に幕張中高を開校されたのはどうしてですか。

    田村校長 幕張中高を開校したのは、「全く新しい教育のしくみを考えなければ21世紀に日本は存在できない」と感じたからです。
    21世紀を目前にし、私は、これからの社会はもっと国際化し、多様化し、それにともない生き方の選択肢も増えるのではないかと感じていました。では、その時代に生きていく人間を育てる場としての学校が、時代に匹敵するシステムになっているかを考えた時、決してそうではないことに気がつきました。
    日本が明治時代からつくってきた学校は、単一化をはかるためのものでした。戦前は国のため、戦後は国の成長のためと、それぞれの目標を達成するために必要な人材を育てる目的で、学校は存在してきました。私立学校はこの枠にあてはまらないのではないかとお考えでしょうが、私立学校も、国の制度の中で、常に影響を受けてきたのです。
    このシステムはいずれ通用しなくなるという思いが私にはありました。それで、幕張高等学校の開校を決断したのです。おっしゃる通り、当時から私達は渋谷に学校を持っていましたが、新しい教育システムで学校をつくるという試みは、既設の学校では難しいと考えたので、何もない更地から始めたのです。
    私は、21世紀を象徴するキーワードは「多様性」だと考えています。それを幕張中高の基本理念に据え、まず「共学」というシステムに表しました。それから、「一人ひとりを大切にして個性豊かな人間を育てることを目標とする」をコンセプトに、

    1. 自調自考の力を伸ばす
    2. 倫理観を正しく育てる
    3. 国際人としての資質を養う

    の3つを教育理念として掲げました。
    「自調自考」とは、「自ら調べ、自ら考える」という意味です。これを基本に持っている人間でなければ、21世紀は生き抜けないだろうと思います。
    「倫理観」は、これからの時代、ますます必要とされます。なぜかというと、言葉も考え方も違う人たちが一緒に仕事をする場合に、何よりも大切なのは、「あの人は嘘をつかない」とか「真面目に働く」といった、人間としての基本的な倫理観がしっかりしていることだからです。

    日本の教育が大きく変わるとき幕張高等学校が誕生した

    田村校長 幕張高等学校が開校した翌年の1984年、臨時教育審議会がスタートしました。「現在、我が国の学校教育、とりわけ初等中等教育は深刻な危機の中にある」との認識のもと、教育基本法の精神を基礎として、次の3つの目標

    1. ひろい心、すこやかな体、ゆたかな創造力
    2. 自由・自立と公共の精神
    3. 世界の中の日本人

    が重要だと解き、さらに、この目標の実現をめざして教育改革を進めるため、重視されるべき原則として次の3つ

    1. 個性重視の原則
    2. 生涯学習体系への移行
    3. 変化(国際化、情報化)への対応

    が挙げられました。
    このような考えは、それまでもさまざまなところで言われていましたが、公的に提案されたのは、これが初めてでしょう。これらは、学校改革を行う上でも重要なキーワードです。特にこの中の「生涯学習」の考え方は、「教育の目標は、国が決めるのではなく、一人ひとりが自分の人生を考え、人生のために何を身につけるかを考えて教育の場に参加する」というものです。この考え方が、それまでの日本の教育の考え方を打ち破ったのです。

    小嶋 日本の教育がダイナミックに変わろうとする時に、一瞬早く、幕張中高は新たな一歩を踏み出していたのですね。幕張中高をスタートされた当初、一番ご苦労されたことは何ですか。千葉での私学の位置付けは、東京や神奈川と比べると、まだまだという部分があったかと思うのですが。

    田村校長 私が一番ショックだったのは、幕張中高に講堂をつくろうとして千葉県に届けを出したところ、県の担当者が、「中高で専門の講堂をつくるのですか。県立千葉高校にもないのですよ」と言われたことです。私達の意識では、県立高校との比較は全く頭にありませんでしたので、驚きました。公立主導の土壌を象徴するような出来事だと思います。現在はそうではありませんが、20年前の千葉県では、私立学校は学校というよりも、一種の企業、金儲けのための組織のように見られていました。13年後にはなりますが、東京で渋谷中高を開校した時、東京の保護者の方は、私立学校の努力、改革への成果を、素直に受け入れる体制ができていて、その違いを実感しました。
    そういった状況ではありましたが、私達は公立、私立の差を意識せず、とにかく、20年後、千葉で一番の学校になることだけを目指しました。

    小嶋 目標の通り、一昨年、東大合格実績が県下一となりましたね。しかし、開校当初は実績も何もないわけですよね。公立主導の状況下で、どのように広報をされたのでしょうか。

    パフォーマンスのチェックは怠らない

    田村校長 学校の最大の広告塔は、生徒です。極端な言い方をすれば、生徒が実績を上げてくれれば広報はいらないわけです。ですから幕張中高も、渋谷中高も、現在の広報活動は、生徒の実績を補完する形での活動となっています。ただ、開校前、開校当初は実績が出ていないため、他の方法をとりました。
    まず開校時は、他校と同じように説明会を開き、中学校を廻り、塾の説明会に参加するといった活動を行いました。開校後は、そういった活動に加えて、学校を開くことを心がけました。さきほど、学校の最大の広告塔は生徒だと申し上げましたが、それと同じくらい重要なのが、保護者です。保護者の方々に「こういう学校だ」と口づたえにしていただけるのは、大きな効果があります。その効果を高めるためには、学校を開くことが大切です。幕張中高でも、渋谷中高でも、公開授業を年2回行っています。それから保護者と校長の地区懇談会も行っています。私は、春と秋の週末は、全て保護者との対話に使っています。父親に出てきてもらうためには、週末を使わなければなりませんから。地区懇談会は、学校のパフォーマンスのチェックだと言うことができます。本心から言えば面倒くさい。良いと思ってやっていることを外からいろいろ言われるのはいやですよね。でもそれは怠ってはいけないと思っています。

    小嶋 企業でいうPDCA理論(Plan→Do→Check→Action)を実践していらっしゃるということでしょうか。それを学校なりの味付けでまわしていく。これは重要ですね。それがある意味公立との差別化でもあるわけですね。

    田村校長 それ以外にないと思います。それを繰り返していくことが重要です。企業に比べれば、学校は、そういったチェックをしなくても済んでしまうのです。ただそれをしないでいると、気がついた時にはすごく悪くなっているということもあり得ます。

    小嶋 幕張中高が順調なスタートを切り、13年後の1996年に渋谷中学校が開校されたのですが、幕張中学校との違いや渋谷中高開校前のお話などをお聞かせいただけますか。

    先行事例があったため、改革後がイメージしやすかった

    田村校長 幕張中高を開校した当初から、「本校(当時の渋谷女子高等学校)は改革をしなければ、いずれ定員を集められなくなるだろう」という危機感をずっと抱いていました。その前兆は1980年代半ばの丙午(ひのえうま)の学年で、応募者が大幅に減るという現象にも表れました。少子化とは、丙午の状況が常態化するわけですから、このままではダメだと感じました。ただ、さきほどもお話ししたように、新しい教育システムで学校をつくるという試みは、既設の学校では難しいとも感じていました。幸い、先に開校した幕張中高が軌道に乗り始めていたので、本校の改革後、生徒や保護者の質はどのように変わるのか、それにともない学校運営はどのようになるのかということが具体的にイメージしやすくなっていましたし、実例を交え、実感として教員にも伝えられると思いました。そこで、本校も改革に踏み切ったのです。

    小嶋 幕張中高が成果を出し始めているのを見ながら、渋谷女子の先生方にも良い意味での危機感が育っていったのではないでしょうか。

    改革後の学校の姿について教員に何度も説明した

    田村校長 幕張中高の開校から渋谷中高の開校まで、13年間のタイムラグがありましたから、渋谷中高の教員は、幕張中高から陰に陽に影響を受け、なんとなく改革の準備はできていたと言うことができます。ただ、幕張中高の成功を目にしていても、なお当時の教員達には抵抗がありました。ですから、職員会議で何度も「本校はこういった学校になります。そうするとこういった部分が先生方に影響を及ぼします」と具体例を交えながら話をしました。生徒指導を得意とする先生には、幕張中高の例を交えながら「生徒指導がほとんど必要無い学校です、そのかわり、例えば大学受験に対してどういった成果を上げてくれるかを、非常に厳しく要求される学校になります」と話しました。また、「例えば保護者との面談で、今までなら、『うちの娘はどの大学に行かせたらよいでしょうか』と相談される立場だったのが、これからは、『うちの子はこの大学に行かせるので、そのためにアドバイスがあったら教えてください』と言われる立場になります。それにちゃんと耐えられる意識を持たないと、この改革は成功しません。成功しないことを学校が認める訳には行きませんので、意識を変えられない場合には、職を変えてもらうことになります。その覚悟であれば、私はこの改革に取り組みます」と、かなり具体的な話をしました。
    学校というのは基本的に先生と生徒のインターフェース、つまり、先生と生徒がいかに接するかだと考えています。その意味では、教員の意識改革は非常に重要だと思います。

    小嶋 同じことを繰り返し伝えて先生方の意識を変えていったのですね。反発する先生はいらっしゃいませんでしたか。

    田村校長 職員会議で直接反発する教員はおりませんでした。しかし飲み会の席などでいろいろ言う教員はいたようです。しかし、幕張中高という成功例があり、しかも女子校が危機的状況にあるという私学全体の状況がありましたので、「今の状況は居心地がいいが、このままではいけない」という意識が次第に浸透していって、改革に踏み切ることができたのです。

    小嶋 改革と言っても、教育システム自体が、全く違う学校になる訳ですから、先生方の戸惑いも大きかったのでしょうね。女子校から共学校に移行するにあたり、教員の男女比なども変えられたのでしょうか。

    田村校長 共学校化に向け、あらかじめ男性教員の採用を増やしていました。ですから、渋谷教育学園渋谷中学校としての初年度の職員比は、男性7、女性3で、むしろ男性教員が多かったのです。ただ、開校後何年間か運営するうちに、女性教員がもう少しいたほうが良いことがわかり、現在は1対1程度となっています。

    小嶋 貴校は開校初年度、1200名強の応募者を集めていらっしゃいます。この秘訣は何でしょうか?

    成功要因は幕張中高の存在と立地の良さ

    田村校長 ひとつは幕張中高の存在です。これは否定できません。開校当初は千葉方面からの生徒がすごく多かったのです。おそらく幕張中高に入れない生徒が流れてきていたのでしょう。本校の立地も大きく影響を与えていると思います。
    生徒を集める上で、学校の立地というのは決定的な要素だと思います。交通の便の良さは集まる生徒の数に大きく影響します。渋谷中高も、幕張中高も、その点は問題ないと言えるでしょう。それから「目標が明確に示されているか」また「実際にそれが実現できるかどうか」というのも、開校初年度には特に重要視されます。目標実現の信頼度に関しても、幕張中高の存在は大きかったと言えるでしょうね。

    小嶋 幕張中高の開校から20年、渋谷中高の開校から8年たって、どちらの試みも軌道に乗っている現在、校長先生ご自身、どのようにお感じですか。

    校長のリーダーシップが必要とされる時代

    田村校長 20年やってきて、やはり学校は校長次第だと実感しています。最初にこの業界に入った時はまだ30代で、アメリカの学校の視察をした際、ある教育委員会で「学校は校長次第」と言われたのです。その時は私も意味がよくわからなかったのですが、最近になってようやく「本当に校長次第だな」と思うようになりました。私が優れているとか、良い校長であるとか、そういうことを言いたいのではなく、一般的に見て、どの学校も校長次第だと思います。これからはますます校長のリーダーシップが必要とされる時代なのだと思います。
    また、校長だけでなく、学校の中心となる人たちがどのような意識を持っているかが重要で、さらに、その意識を保護者も含めた学校関係者全員にいかに広げるか、そのための仕組みを考える必要があると思います。

    小嶋 これからの学校のトップを務める方には、いろいろな意味でのリーダーシップ、引き出しの多さなど、複合的なものが必要だと思います。田村先生はもともと民間企業にいらっしゃったこともあり、たくさんの引き出しをお持ちだと思います。
    リーダーシップに加え、先生方に、これから必要とされるものは何だと思われますか。

    田村校長 教員組織にとって大切なことは、「多様性」だと思います。教員が一色になるのはまずい。組織として動いていくためにも、教員は多様であるべきだと思います。なぜかというと、生徒が多様だからです。大体の教員はある生徒には良く、他の生徒には良くないものなのです。そういうものだということを各教員が意識し、それを分かった上でそれぞれの目標を持ってもらいたいと思います。
    また、今までの学校は生徒の欠点を見つけるのが一般的だったと思うのですが、私は「教員の仕事は生徒の多様性を認めて良い所を見つけることだ」と教員にいつも話しています。これからは生徒が自信を持って、それぞれの人生に大切な「何か」を見つけ、それを頼りにして自分の人生をつくり上げていくことが大切です。教員の仕事は、それを助けることだと思います。もちろん、学校としても支援をしています。

    校長講話で一本の背骨をつくる

    小嶋 「生徒の良いところを見つける」ことについて、学校全体での実践はありますか。

    田村校長 6年間の精神発達に必要なもの、発達段階に応じた考え方を学校として示すため、生徒に対して「校長講話」を行っています。
    これは、私が1学期に2回、学年ごとに、さまざまな書籍や事例を取り上げながら話をするものです。各時期の生徒に必要なものは何か、直接伝える良い機会となっていると思います。この「校長講話」はシラバスになっていますから、各教員もこれを見て、各時期の生徒に必要なことを理解してやってくれています。
    また、このシラバスは、時代に応じたものにするため、毎年内容を変えています。かなり明確な方針を打ち出しているので、教員は力を発揮しやすいでしょう。これがあれば、教員は自信を持って生徒に接することができます。

    小嶋 企業に置き換えると、この「校長講話」はミッション(企業使命)にあたると思います。これがシラバスになっていることで、各教職員に理解されやすくなり、日々の指導に浸透していっているのでしょう。校長のリーダーシップが「校長講話」という形になり、1本の軸として学校にとおっていることで、先生方は安心して生徒の指導ができるのだと思います。ここに「田村マジック」の本質を垣間見た気がします。こういった軸がつくれない学校だと、先生方は厳しいでしょうね。

    姉妹校同士で刺激を与え合う良い関係をつくる

    小嶋 現在の幕張中高との関係についてお聞かせいただけますか。両校がいい意味で切磋琢磨し、グループとしての強さを発揮できていると感じますが、そのあたりはどうお考えですか。

    田村校長 現時点では、渋谷中高にとって、幕張中高の影も見えないといったところでしょうが、ここ1、2年の間には完全に背中が見えてくると思います。そうなると、幕張中高も渋谷中高をかなりの脅威に感じると思います。
    千葉という地域は、周りに競合がいない分、ついのん気になってしまいがちです。ただ、渋谷中高という、後から追いかけてくる姉妹校がいますと、気を引き締めることができるため、これは非常に良いことだと思います。例えば東大合格者の比率で、渋谷中高が幕張中高に勝つ時が来るかもしれない。これから両校がお互いに良い刺激になるなと思って見ています。

    小嶋 最後になりましたが、今改革に取り組んでいる学校、また、これから改革に取り組もうとしている学校に、何かメッセージがありましたら、お願いします。

    田村校長 多くの学校は改革に取り組まれていますし、それは大切なことだと思いますが、そのほとんどが、先生中心のような印象を受けます。が、学校の本来の目的に立ち戻り、生徒のことを第一に考えた学校改革をすべきだと思います。
    それから、改革に際して学校の目標を再設定することも大切です。その際、伝統にとらわれすぎないほうが良いと思います。伝統というのは常に見直して価値があるものですから、常に見直すことが改革の基本的な発想だと思います。
    改革を、おみこしに例えると、本当にかついでいる人は2、3割ですね。あと2、3割はぶら下がっていて、残りの人たちはなんとなくただついていっている。もちろん、2、3割のおみこしを担いでいる人は重要です。実は、残りのぶらさがったり、ただついている人達も大事で、学校の場合は、それらを全部巻き込むという形をとらなければなりません。ただし全員がおみこしをかつぐ人になるというのは無理です。無理だと思わないと、無駄な努力をすることになります。常にリーダーはそれを意識してエネルギーを失わないようにしなければなりません。

    小嶋 ありがとうございました。貴校の今後ますますのご活躍をお祈りしています。