コアネット教育総合研究所
所長 松原和之
ウェルビーイング教育とは、個人および社会の持続的な幸福を実現するための教育のことです。
ウェルビーイングは、簡単にいえば“持続的な幸福”のことですが、正確を期すれば、令和5年6月の「教育振興基本計画」の中で、「身体的・精神的・社会的に良い状態にあることをいい、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義など将来にわたる持続的な幸福を含むものである。また、個人のみならず、個人を取り巻く場や地域、社会が持続的に良い状態であることを含む包括的な概念である。」と定義されています。
近年、経済先進諸国において、GDPに代表される経済的な豊かさのみならず、精神的な豊かさや健康までを含めて幸福や生きがいを捉える考え方が重視されてきており、OECD(経済協力開発機構)の「Learning Compass2030(学びの羅針盤2030)」においては、ウェルビーイングは「私たちが望む未来(Future We Want)」であり、共通の「目的地」とされています。つまり、いま世界的に教育の目的はウェルビーイングの実現にあると考えられているということです。
ただし、ウェルビーイングという概念は、元々欧米文化に根差したものであり、そのまま日本の教育に当てはめることは適当ではありません。欧米では、自尊感情や自己効力感が高いことが人生の幸福をもたらすとの考え方が強く、幸せは個人がつかみ取るものだという獲得的要素を重視する風土があります。一方、日本においては利他性、協働性、社会貢献意識など、人とのつながり・関係性に基づく要素(協調的要素)が人々の幸せにとって重要な意味を有しているため、ウェルビーイングの獲得的要素と協調的要素を調和的・一体的に育む日本社会に根差したウェルビーイングの実現を目指すことが求められます。
ウェルビーイング教育を学校教育として実施する場合、子どもたちが将来、個人および社会の持続的な幸福を実現するための教育として捉える必要があります。つまり、ウェルビーイングを実現する要素である自尊感情や自己効力感、利他性、協働性、社会貢献意識などの非認知的な資質・能力を身につける機会を設けるということです。そしてウェルビーイング実現が人生の一つの目標であるという認識を強く持つことが期待されます。
しかし、それは特別な教育プログラムを用意するということよりも、まずは子どもたちが学ぶ環境、つまり学校そのものをウェルビーイングが実現された環境に整えることが大切です。心身の健康はもちろんのこと、学校と家庭・地域がつながり、安心安全な環境が確保され、十分なサポートが受けられる教育環境を実現しなければなりません。
子どもたちのウェルビーイングを高めるためには、教師がウェルビーイングを体現し、学校全体がウェルビーイングな環境になることが重要です。そして、子どもたち一人一人のウェルビーイングが、家庭や地域、社会に広がっていき、その広がりが多様な個人を支え、将来にわたって世代を超えて循環していくというのが理想の姿なのではないでしょうか。
学校がウェルビーイングを実現していくためには、まず児童・生徒だけでなく教職員全員がウェルビーイングの実現を目標として共通認識することが大事です。そして、その達成度を測定する指標を作成して定期的に振り返り評価するエビデンスベースのマネジメントが大切です。そのうえで、具体的な施策を計画・実行し、目標に近づく努力をしなければなりません。
ウェルビーイングと学力は対立的関係ではありません。児童・生徒のウェルビーイングを支える要素として学力や学習環境、家庭環境、地域とのつながりなどがあり、それらの環境整備のための施策を講じていくという視点が重要です。また、非認知的な資質・能力も学力の一つと捉え、それらを育成する視点を持つことも大切です。
これからの時代に求められる学校を実現するためにも、ウェルビーイング教育を念頭に置いたマネジメントを実施してはいかがでしょうか。