前回は、学校改革のためには、ビジョンを明確化し共有することが大切だというお話をしました。それは、学校改革を阻む一番の原因が教職員同士の意識のズレにあるからです。同一の目標像に向かって進むのだということを明確にし、皆で共有することが大事なのです。ところが実際にビジョンを作ってみればわかるのですが、ビジョンを作っただけでは学校改革は進みません。その目標像に行き着くための道筋を指し示さないといけないのです。それが今回お話をしたい「基本方針の明示」です。
ここでいう「基本方針」は、企業でいう「戦略」と同義で使っています。学校ではあまりなじみがないと思って、「基本方針」という言葉を使いましたが、ここでの意味合いとしては「戦略」の概念を含むものだとお考えいただきたいと思います。どういうことかと言いますと、この言葉の中に「競争優位性」という概念を含んでいるということです。このことについては、のちほど詳しくご説明します。
話は逸れましたが、「ビジョン」と実際の「校務・教育活動」とは隔たりがあります。その間には、「基本方針(戦略)」「目標・計画」というものがないといけないのです(図表1)。
学校では、「教育理念」があって、あとは「校務・教育活動」があるだけ、ということがよくあります。その場合、どういうことが起きるかというと、「何となくこういう感じかな」という校風のようなものはあるけれども、実際にやっていることは個々バラバラという現象が起きてしまいます。それも、建学の精神や教育理念が独特のもので、それだけで特徴づけられるものであれば良いのでしょうが、多くの場合はそうではありません。
「何となくのんびりした学校」とか「何となくお嬢様っぽい感じの学校」といった、どこにでもありそうなイメージになってしまうことの方が多いと思います。そうなると「その学校でなければならない」という積極的な選択理由がなくなり、徐々に生徒数が少なくなってしまうのです。
「いや、そんなこと言っても、うちは昔からこういうやり方だからね」とおっしゃるかもしれません。しかし、全体的に受験する子どもの人数が多かった時代はそれでも良かったのかもしれませんが、今は子どもの数が減っています。全体的に数が減る中で、自分の学校にどれだけ生徒を集めるかを考えたら、やはり特徴をつけなければどうしようもありません。そのために必要なのが、「基本方針(戦略)」なのです。
ここで、先ほど言いかけた「競争優位性」という概念が絡んできます。自分の学校が選ばれるためには、他校との競争で優位になければならないのです。ただ、誤解していただきたくないのは、これは一つの軸での競争ではないということです。様々な評価の軸があって、その軸に沿っていうと、他校より自校が優っているということでいいのです。その軸を何にするのかが、学校の独自性であり特徴であるわけです。理想を言えば、300校あれば、300個の軸があって、各校違う軸で評価できるようになればいいと思います。個々の学校がそれぞれ独自の魅力ある特徴を持っていれば、教育界全体が発展すると思います。そういう共存共栄の関係を築くことが理想だと思います。
話をもとに戻しますと、「基本方針(戦略)」を策定するときには、「競争優位性」、言い換えれば「他校との違い」を意識して欲しいということです。
「基本方針(戦略)」は、「現状」から「ビジョン(目標像)」に向けた道筋ですから、必ずしも一つに決まっているものではありません。むしろ、どの道を選択するかがその学校にとっての独自性になり、他校との違いを明示するものなのです(図表2)。
少し概念的な話が続きましたので、ひとつ例を出してお話をしてみましょう。
例えば「自主自立の精神に則り、社会に有為な人材を育てる」という「建学の精神」を掲げる学校があったとしましょう。これをベースに、今の時代に合わせ、また、より具体的な像として「ビジョン」を描きます。例えば「国際化・情報化社会の中で、自ら進むべき道を拓き、幅広く社会に貢献する人間を育てる」というようなものになったとしましょう。
私どもは、「ビジョン」はこれぐらいの具体性で構わないと思っています。「ビジョン」は、10~20年程度は継続して使うものですから、あまり具体的過ぎるのもよくないのです。ですが、これだけでは、具体的な行動にはつながらないと思います。
そこで、このビジョンを達成するための「基本方針(戦略)」を考えていきます。先ほど挙げた「ビジョン」に向かう道はたくさんあります。どういう道筋をたどって「ビジョン」に近づくのかについても、選択の余地がたくさん残されているということです。一例で言えば、「英会話力を高める」ということもあるでしょうし、「コンピュータを自在に操れるようになる」ということもあるでしょう。しかし、これだけでは、あまり特徴はありませんよね。では、もう少し独自性を出して「プレゼンテーション能力を高める」「国際コミュニケーション能力を高める」というのはどうでしょうか。少しは独自性が出てきましたか?
というように、同じ「ビジョン」を掲げていても、そこに辿り着くための道筋はいくらでも考えられます。これらを矛盾無く、いくつか組み合わせて、ひとつの「基本方針(戦略)」としてつくりあげればいいわけです。
「基本方針(戦略)」が出来上がれば、学校の進む道が示されたことになります。「ここまで来れば、あとは、もう教員一人ひとりの活動に任そう」ということになりそうですが、もう少し待ってください。もう一度、図表1をご覧いただきたいのですが、もう一段階、「目標設定・計画策定」という階層があるのがお分かりかと思います。
旅行に例えてみると、「ビジョン」が出来ると、「現在、東京に居るが、大阪に行きたい」という大きな目的地(目標)が決まったことになります。そして「基本方針(戦略)」は、「他の集団は東海道を使って行くだろうから、我々は中山道を経由して行こう」ということです。これでも、あとは個々の旅人に任せれば行けないことはないと思います。しかし、普通は、「5日間で到着するように行こう」という日程の目標を決めたり、「1日目は高崎まで行って、2日目に木曽まで行って……」という計画を立てますよね。それが無いと、ずっと歩いて行く人もいれば、籠に乗っていく人もいる。ある人は1日で名古屋まで行ってしまったが、ある人は大宮までしか行っていない。というように動きがバラバラになってしまい、結果として、全員がきちんと大阪に着けなくなってしまいます。
集団(組織)の足並みを揃えるためには、目標と計画が必要です。計画さえあれば、1日目に熊谷までしか行っていない人がいれば、「もう少し急いでください」と言えるし、安中まで行ってしまった人がいれば、「みんなが付いて行けないのでもう少しゆっくり」と指示をだせますよね。
学校は、企業と比べると「PDCAサイクル」ができていない所が多いと思います。Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善活動)が順番に回るサイクルを習慣として作り上げることができると、効率的に目標に近づいていくことができます。
PDCAサイクルは、まず年間を一つの大きなサイクルとして捉えるとよいと思います。年度初めに計画を立て、一年間実行し、年度の終わりに一年間の活動を振り返って評価し、その反省を翌年度の計画に活かしていく。これが基本サイクルです。これは多くの学校で意識されていると思います。しかし、「計画は立てたが、実行したかどうかの評価はしていない」とか「一年間の反省はしたものの、次の計画に活かされていない」という話をよく聞きます。きちんとサイクルになって回っていないと意味がありません。
このサイクルは、毎年レベルアップしていくことが必要です。つまり、サイクルというよりはスパイラル状に上昇していくようなイメージを持つとよいと思います(図表3)。
よくあるのは、一年一年が分断されているケースです。計画を立てて実行して反省もするのだけれども、また次の年は同じ所から始まり計画を立て実行するのです。反省が活かされないのでスパイラルにならずに、同じ所をグルグルと回っているのです。
学校の活動は、毎月びっしりと行事予定が組まれていて、毎年同じことをやっていくのが基本です。教科でも、同じ学年の同じ科目であれば、原則としてカリキュラム内容は毎年変わりません。よほど変えるつもりにならなければ、毎年同じことの繰り返しなのです。長年この活動をしていると、同じことをすることに慣れてしまいます。
「職員会議に出された資料を見ると、日付と曜日がズレていた。おかしいなと思って、よく見ると、昨年使った資料をそのまま日付だけを直して出したら、曜日を直すのを忘れていた」などということは笑い話にもなりません。昨年使った資料を利用すれば効率的であることは分かりますが、内容の改善検討が全くされずに、そのまま出てくるというのはいかがなものかと思います。
重要なことは、ありたい姿(ビジョン)にいかにして近づくかなのです。毎年同じことをやっていて、ビジョンを達成できるのであれば構いません。しかし、それはありえないことです。何か新しい行動を起こさない限り、前には進まないのです。
「ビジョン」を達成するための「基本方針(戦略)」を立て、それを支える「目標」と「計画」をきちんと策定することが変革への第一歩です。あとは、その計画を実行し、実行できたかどうかを評価し、実行できなかったとすれば、それがどのような原因で、何を改善すれば計画通りに実行できるのかを考え、次の計画に活かしていく。このサイクルがきちんとできれば、必ず「ビジョン」に近づくことができます。校長先生や教頭先生のようなマネジメント層は、これを常に意識している必要があります。マネジメントの基本は、このPDCAサイクルをきちんと管理することだと思います。
次回は、本シリーズの最終回を予定しています。これまでの小論を振り返りながら、組織風土改革のための具体的手法の一例をお話していきたいと思います。