第11回 市川中学校・高等学校

  • 過去の呪縛にとらわれるな!

    市川『楽園』から新生市川学園への変貌。

    市川中学校・高等学校 理事長 古賀 正一 先生

    「私学マネジメントレビュー」第18号(2006年5月発行)より転載
    1990年代、千葉トップ男子校という地位が脅かされつつあった市川学園。「新生市川学園」としてかつての勢いを取り戻した裏には学校を「企業と同じ組織体である」ととらえ、企業の仕組みを次々と取り入れる古賀正一理事長の鋭いマネジメント感覚とスピード感のある施策展開があった。市川学園再起までの変革についてお話をうかがった。

    聞き手:株式会社コアネット副社長 小嶋隆

    小嶋 貴校は以前から千葉県でトップレベルの男子校でしたが、2003年に共学化し、近年ますます伸びていると感じています。それには古賀先生を中心とする近年の学校改革が大きく影響を与えていると聞いていますので、本日はそのあたりを中心にお話をお聞かせいただければと思います。古賀先生は東芝の副社長を務められていたそうですが、まずは学校経営に関わられた経緯と、改革のきっかけを教えていただけますか。

    古賀理事長 私は大学卒業後、ずっと東芝でコンピュータ開発、生産、営業、経営などの仕事をしていたのですが、1983年に本校の創立者であった父が亡くなり、その後を継ぐ形で理事長となりました。理事長になったばかりの頃は会社の仕事が本当に忙しく、学校の方は経営の大まかな部分は見ていましたが、日常のマネジメントはほとんど副理事長に任せており、教育業界については全く知りませんでした。本校についても、このままで良いのではないかと考えていました。

    創立者の没後、時間が止まったままだった「市川楽園」

    古賀理事長 そんな認識が変わったのは1999年のことです。ちょうど私が東芝の副社長を退任する一年ほど前だったのですが、ある卒業生から、「市川のレベルは今はまだ大丈夫ですが、今後だんだん下がっていきますよ」と言われ、耳を疑いました。また、自由な校風が本校の良さなのですが、それが行き過ぎて「市川楽園」などと呼ばれていることも知りました。
    それがきっかけで周囲に目を向けてみたところ、いつのまにか渋谷教育学園幕張というすごい学校が出てきていました。東邦大東邦も伸びていました。その頃本校以外での教育関係の仕事も増え、今の教育について知るうちに、世の中の教育観はずいぶん変わってきているなと気が付き始めていました。改めて本校は遅れていると実感しましたね。
    校長や教員と面接を重ねるうち、本校は創立者の死後10年以上も、創立者のコンセプトだけを後生大事に守っていることがわかったのです。カリスマ的存在だった創立者が亡くなり、その後を継いだ校長、副理事長はある意味父の心酔者でしたから、何も変えてこなかったわけです。時代はどんどん変わり、周囲に遅れはじめている、というのが当時の本校の状況でした。

    「不易」と「流行」のバランスをとりながら改革をすすめる

    小嶋 変えなくてはいけないとお感じになった「創立者のコンセプト」とはどのようなものだったのですか。

    古賀理事長 「不易流行」という言葉をご存知ですか。世の中には時代により変わっていくもの「流行」と変わらないもの「不易」があり、それは根元においては同じであるという意味です。
    本校の建学の精神にあたる
    1)独自無双の人間観
    2)「よく見れば精神」~一人ひとりをよく見る教育
    3)「第三教育」~自ら学ぶ喜びと生きる力を大切にする教育
    は、不易にあたる、今後も変わらないものです。
    しかし、その精神に基づいた学校の方針は時代と共に変えなければならない「流行」にあたるものだと思います。当時の本校は、この変えなければならない部分も変わっていない状況でした。
    1つ例を挙げましょう。創立から3代目にあたる校長と、今の本校で何が一番問題かを話したところ、「私が一番悩んでいるのは、修学旅行で飛行機を使ってもよいかです」と言われ愕然としました。創立者は昔飛行機を使わないと決めたようなのですが、誰もが海外に行く時代に、アナクロニズムも甚だしいと感じ、すぐに変更しました。他にも例を挙げたらきりがありません。習熟度授業なども御法度でしたし。
    「過去の呪縛にとらわれるな」と教員達には話し、私自身が本校をどんどん変えて行こうと決意しました。
    ただ私は理事長という立場ですから、学校組織や教育への介入については最初は逡巡していました。理事長は経営を見て校長は教育を見るというのがガバナンス(注1)の一つの基本だと思います。ただ、学校というのは小規模な組織ですから、それがベストとは限りません。理事長が校長を兼任するという形も多く、最もスピーディーに物事が進む形ですが、ワンマン経営になる怖さもあります。
    そこで本校は、新たに学園長という役職をつくり、私が理事長と学園長を兼任する形で教育にも強く関わる、というちょうど兼任型と分離型の中間の立場を取ることにしたのです。

    小嶋 改革のスピードを上げるために、教育内容の部分にも関わることを決意されたのですね。

    古賀理事長 そうです。良い意味で過去を引きずらない組織をつくることが改革の第一歩だと考えました。そこで、生え抜きの校長には勇退してもらい、2000年、千葉県立の校長だった方を新しい校長として迎えました。1年やってみたのですが、副理事長や事務長、教頭は旧体制のままでしたので、なかなか改革は進みませんでした。そこで、副理事長、事務長、教頭も代え、全く新しい体制としました。

    小嶋 スタート時は組織としてまだ過去にとらわれていた感じはあったのですか。

    消極的な姿勢は「不作為の罪」まずは教員の意識改革を

    古賀理事長 やはり創立者の影響は大きかったのですが、この時期は創立者が亡くなってから相当経っていますから、過去の呪縛だけではなくて安易な意識、要するに「変えたら仕事が増える」というような意識も蔓延していたように思います。厳しい言い方をすれば、「不作為の罪」ですよね。新しいことを何もやらない罪。ですから校長や幹部には、「あまり何もやらないと不作為の罪になるよ」と言ってきました。
    学校を改革するために一番大事なのはそこにいる教職員の意識改革です。意識改革をするには仕組みを変え、一人ひとりに危機意識を持たせるのです。最終目標は教育の質と教職員の質そのものを変えることですから、教育内容そのものが変わらなければ仕組みを変える意味がありません。

    小嶋 教職員の意識改革がいちばんパワーと時間がかかる部分でしょうね。

    古賀理事長 仕組みを変えるのは、制度や組織を整えて発令すれば良いのですが、それに意識変革を伴わせるのが難しいですね。
    仕組みの改革でまず変えたのは、意思決定のシステムです。それまでは理事長しか意思決定はできませんでしたので、その人の知識、常識の範囲で全てが決められていたわけです。私がその部分を一手に担うよりも、ある程度議論や検討をしたほうが良いし、情報共有も必要だと思ったので、学園の意思決定機関として「教育経営会議」をつくりました。メンバーは校長、副校長、教頭、教務部長、事務長で、私が議長を務めています。細かいことを除き、学園としての決定事項はその会議でスピーディーに決めることにしています。
    もう一つ、理事会・評議員会のメンバーを変えました。これまで理事会・評議員会のメンバーは大半が古い同窓生と後援会のOBだったのですが、ここに企業の経営者や他校の理事、大学の学部長、作家、弁護士などを加えました。感じたことや意見を活発に発言してもらうという環境をつくっています。

    小嶋 一連の改革の中で共学化も検討されたのだと思いますが、きっかけは何だったのですか。また、共学化にあたり、校内の反対はなかったのですか。

    古賀理事長 ひとつは、新しい入れ物=校舎をつくるのだから、新しい中身を入れたい、という想いがありました。ですから、中高六年一貫で男女共学をと考えたのです。共学化に踏み切ったのは周囲の状況もありました。千葉県は共学校が多く、気がつけば男子校なのは本校くらいでした。時代としてますます少子化が進むことは目に見えていましたし、共学化は必然だったのです。もちろん内部の反対はありました。特に同窓会からのプレッシャーは強く、「先代だったらやらないだろう」という声も聞こえてきました。それでもこの機会を逸すると今後はまずできないだろうと思い、踏み切りました。反対者には「建学の精神は創立から変わらないし今後も変えない。時代の流れとして新しい教育を入れるんだ」と説得しました。
    新しい校舎と新しい教育、コンセプチュアルに「新生市川学園」という名前をつけて、2003年にいよいよスタートすることとなりました。そして、2003年の1月になってスタートメンバーが揃い、具体的に新生市川学園としてのコンセプトや目標を立て始めたのですが、その内容が非常に稚拙で、四月のスタートに向けて焦りました。

    小嶋 一般の企業ですとビジョンをつくったり、中期計画を立てたりということにある程度慣れていますが、学校の先生方はそういったことにあまり慣れていなかったのではないでしょうか。

    新たなビジョンを作成し、自校ホームページに掲載

    古賀理事長 その通りです。計画を立てて計画通りに実行していくという仕事の進め方に慣れていないのです。ですからそれまでは学園として決めた施策も、忙しかったら「やれません」で済んでしまっていたのです。しかし施策を作ったら、施策に対していつまでにやるか、誰がやるかを決め実行しなければ何の意味もありません。学校の改革には絶対に新たなビジョンと中期目標をつくらなければと思っていましたので、4月のスタート時に間に合わせるように私自身が自ら書き下し、学内で発表しました。またその翌年の夏から、本校のホームページにも掲載いたしました。

    小嶋 ホームページを拝見したのですが、学園としての目標から先生方の姿勢まで、とても具体的に表現されていますね。このビジョンに向かってどのような改革をされたのでしょうか。

    古賀理事長 例えば、先にもお話しました本校の建学の精神に「『第三教育』~自ら学ぶ喜びと生きる力を大切にする教育」があります。第三教育とは自分で学ぶという意味です。本校では図書館を「第三教育センター」と名づけて第三教育の拠点となるようにしているのですが、その開館時間が、8時半から4時半だったのです。ちょうど授業のある時間帯なので生徒はゆっくりと利用できません。これでは意味が無いと思って朝七時から午後8時まで開けることにしました。実はこれが実現するまでにも約1年かかったのですが、今では朝始業前に利用する生徒が多く、実現してよかったと思っています。

    小嶋 建学の精神を形だけのものにせず、今も意味のあるものにしている良い例ですね。先生方の組織についてはいかがですか。中期目標では評価についてもかなり詳しく触れられていますが。

    古賀理事長 教職員の評価システムは2003年から始めました。評価が反映されるのは賞与の部分で、ポイント制となっています。まずは校務分掌でいろいろな役割を担っている人にポイントを与えるものと、目標達成率に応じてポイントを与えるものがあり、一ポイントいくらというように決められています。目標管理については、目標を分掌、教科、学年ごとに年度始めに出し、全員の前でプレゼンテーションをします。各教員はその目標に基づいて各自の目標を立て、提出します。年度末には同様の形で振り返りを行い、その結果を評価するというものです。年度の途中には私が全教職員と面談をし、達成の経過や、問題点などを話し合います。

    小嶋 学校に給与に反映される評価制度を導入するというのは難しいですよね。どうしても学校は、年功序列の終身雇用的なイメージがあるので、そこをどう崩すのかというのが非常に難しいと思うのですが。

    古賀理事長 企業でも20:60:20の原則といって、上位20%が組織を引っ張っている、というのは良く聞かれる話だと思います。企業ですと、下位20%には別な業務を与えたり配置転換して様子を見るなどということができますが、学校の場合、そういう訳にもいきません。だからこそしっかりと評価をすべきだと思います。
    採用についても同じです。それまでは出たとこ勝負というと語弊があるかもしれませんが、採用時にそれほど厳正な審査をせず、採用をしてからの教育も徹底していませんでした。現在はそれを見直し、公募した上で試験で審査し、模擬授業をさせて採用します。また採用した教員を育てる仕組みとして、OJT制度を実施しています。新しい教員にはチューター教員を一人ずつつけて、授業の内容はもちろん、本学園の仕組みについても教育してもらっています。

    小嶋 中期目標に掲げられている大学進学目標についての先生方の反応はいかがですか。

    古賀理事長 正直申し上げて、今の実績から見ると、相当高い目標です。教員には絶対達成されなければならないというのではなくて、目標に向かって改革することが重要だと言っています。目標は指標の一つとして考えるようにと話していますが、ホームページに出したことにより、教員はこの数字をかなり意識するようになりました。この目標を「理事長が勝手に言っている」と受け取らない風土というのは、大切だと思っています。

    危機意識は外からの目線を持つことで育つ

    小嶋 そうですよね。こういう目標を言い続けられる土壌をつくるのが、そもそも大変だと思うんです。

    古賀理事長 多くの教員が「学校外からの目線」を持てるようになってきたのだと思います。また、そうできるような意識改革を行ってきたつもりです。危機意識は全く違う業界を見ることでも育つので、教員にはもっといろいろな外部研修に参加したり、外部との交流の機会を持って欲しいですね。また、学内でも年に3回、外部の識者に来てもらって教員対象の講演会を行っています。講師は企業の社長や大学の学長などさまざまです。直接教育に関係ない話でも、考え方などが参考になります。私からも月に1度、理事長メッセージというものをメールで発信しています。学校だけではなく、企業の考え方の紹介、生き方など、さまざまなメッセージを出しています。もう80回以上出していますね。

    小嶋 この5年間でさまざまな角度から意識改革を行われ、同時に先生方の変化も実感してこられたのですね。

    古賀理事長 教員一人ひとりの考え方が、かなり変わってきたと思います。最近、非常に嬉しく思っているのは、若手教員の中で自主的な勉強会が出てきたことですね。入校3~4年目あたりの教員が中心となって授業を見合ったり、調べたことを発表したりしています。やはり改革には、自主性が一番必要なのだと思います。

    小嶋 仕組みの変化とともに先生方の意識も変わるという、まさに良循環ですね。他に実施されていることはありますか。

    古賀理事長 中期目標の話とは少し外れるかもしれませんが、校舎建て替えにあたり、ITインフラの整備を徹底しました。システムも良いものを入れましたが、使わなくては意味が無いので、教員へのIT教育も徹底的にやりました。そのおかげで学内の情報共有が徹底されましたし、保護者とのやりとり、出欠連絡などもメールでできるようになりました。学年通信などもメールで送っており、現中一の保護者だと利用率は95%を超えています。今後はeラーニングも取り入れられれば、と思っています。
    教育の中身そのものは、日々の授業がやはり一番中核をなしていますね。ですから、授業に関しては授業公開制を徹底しています。学内では、お互いにいつ誰が授業を見てもいいことになっています。
    また、カリキュラムや評価基準を記載したシラバスの導入は学園として授業の質を保持するために役立っています。その遵守も厳しくて、シラバスどおりに授業が進まなかった場合は途中で「変更とお詫び」のようなものも配布することになっています。
    それから、中学からの選抜習熟度制を2005年から始めました。中学生の段階で選抜して分けることについては、相当抵抗がありましたが、中学3年から導入し、効果を上げています。将来的には生徒の学力差がもっと縮まり、習熟度別授業を全くやらなくてもよい学校になればいいとは思っています。
    それから補習も回数が増えました。
    保護者アンケート、生徒アンケートも実施しています。授業に関しては欠陥授業を絶対出さないという決意はありますね。そのために指導主幹(教頭級)という役割も置いています。

    小嶋 事務についてはいかがですか。

    古賀理事長 事務の改革としては、特に挨拶と応対の改善を心がけてきました。やはり事務は学校の顔ですから。正直申し上げて、以前は電話対応もそっけないものでした。それを「ありがとうございます。市川学園です」に変えて、徹底しました。ここ2、3年で事務全体の対応が外から褒められるようになってきましたね。また、それまでよりも事務の仕事の範囲を広げました。
    事務室は事務のみをする部署ではなく、経営企画、教職員の支援を行うところなんだという意識をもってもらいました。経営企画の部分を強化し、学校全体の効率化を図るとともに、事務職員のうち1名は広報部兼務、もう1名は進路指導部兼務とし、データ分析などの部分で分掌にも関わってもらっています。本当は名前も「経営企画本部」に変えたいのですが、それだと他校に通りが悪いということなので、そのままにしてあります。

    小嶋 効率化といいますと、具体的にどのような方法をとられているのですか。

    古賀理事長 例えば設備の導入などに関しましても学年単位や分掌単位で業者に発注すると、規格が統一できなかったり、無駄が生じたりしますよね。事務で一括して発注や値段交渉をすれば教員の負担も減りますし、経営的にもいいですよね。

    小嶋 確かに一般的に学校の分掌というのは、効率化の余地が多く残されていると思いますね。学校内の活動の中で一番企業の仕事に近い部分かと思います。

    古賀理事長 その通りですね。ただ、教員は企業という言葉を嫌います。「利益を出す」という部分だけに注目してしまうのでしょう。でも学校も企業も、社会的責任を持った一つの組織体という意味では同じなんですよ。私は、学校という組織は企業では、研究所や専門家集団、コンサルティング会社などにイメージが近いのではないかと感じています。

    小嶋 学校は教育サービスのための組織体、教育のスペシャリストの集団、といったところでしょうか。

    古賀理事長 その通り。組織体として考えると、そこには戦略が必要ですし、構成員の活性化も重要です。それからある程度のヒエラルキー(注2)も必要だと思います。学校にはヒエラルキーが存在しにくく、平等主義が少し過剰であると感じています。本校では先にお話ししました目標管理の導入で、解消を図っています。

    小嶋 先生が学校経営に企業の視点を取り入れられたことで、組織自体が劇的に変わったことがここまでのお話でよくわかりました。先生にとって今改革はどのレベルまで進んでいるとお考えですか。

    古賀理事長 そうですね。当面の目標に対しまだ三合目でしょうか。これからも限りなく改革を続けて行きます。終わりなき改革です。基本にある考え方は「学校は教育というものを提供するサービスの組織体なんだ」ということですね。顧客(=生徒および保護者)がいかに満足するかということを主眼にして、学校としてできることは何だろうかと考えて行きたいと思っています。最終目標の一つは「選ばれる学校」です。それには「付加価値」の追求が大切です。一番の付加価値は、預かった生徒を十分に伸ばすことではないかと思います。

    小嶋 「顧客志向」ですね。そういうと生徒への迎合と見る人がいるのですが、それは違いますよね。あくまでも教師と生徒という関係は変わらずに、どうやったら相手が喜ぶか、満足するかを考えるということですよね。
    最後に、これから改革をしようとしている学校、改革を試みているものの、なかなかうまくいかない学校に対して、アドバイスがあればいただきたいのですが。

    「そこまでやるか」のレベルで私学が共存するのが理想形

    古賀理事長 まずはどの学校もお互いに特色を出していくことが大切だと思います。また今は学校に限らず「そこまでやるか」と言われるレベルまで思い切ってやらねば生き残れません。お互いに精一杯特色を出し競い合いながら共存する、というのが理想的だと思います。
    それから、改革に際しては他校や他業種を多く見て良い所を取り入れることが大切です。私も他校を多く見ていますが、同じ規模やレベルの学校でなくても、参考になる部分が多くあります。また学校や教育以外にも目を向けると、視野が広くなり、学校の進むべき方向も見えてくるのではないかと思います。
    あとは、学校という組織体としてのマネジメントとガバナンス、それにコンプライアンス(法令遵守)はしっかりしなければならないと思います。やはり一般的に見て学校のマネジメントは遅れていると思います。マネジメントとは管理をすることではなくリードすることであり、組織全体の能力を伸ばすことが目的なのです。企業のマネジメント手法は、学校の現場にもどんどん取り入れるべきだと思います。

    注1)コーポレート・ガバナンス:企業・組織(本稿では学校)における統治、管理のこと。
    注2)ヒエラルキー:ピラミッド型に序列化された上下関係のある階層組織または秩序。