第12回 洗足学園中学高等学校

  • 立ち止まるな、改革に終わりはない

    生徒が変わったら、教師も変わらなくてはならない

    洗足学園中学高等学校 校長 前田 隆芳 先生

    「私学マネジメントレビュー」第19号(2006年8月発行)より転載
    >かつては公立校の受け皿で、周囲の評判も決して高いとはいえなかった洗足学園中学校・高等学校。1989年の改革スタート時、32であった偏差値は、現在、60に届こうかというほど伸び、今では神奈川県内でも有数の進学校へと変化を遂げた。その著しい伸びの秘密はどこにあるのか、お話をうかがった。

    聞き手:株式会社コアネット副社長 小嶋隆

    小嶋 貴校は音楽コースが有名で、実際私などもかつては音楽系の学校との認識を持っていました。それが現在では東大をはじめとする国公立大学に24人、早慶上智に64人、MARCHに139人と、進学校としてかなり優秀な結果を残しています。このような状況は、以前の貴校からは想像しがたい、というのが、正直なところです。この十数年の間、どのような改革がなされたのか、本日はお聞かせいただければと思います。
    それではまず、改革前の貴校の状況はどのようなものだったのでしょうか。

    前田校長 改革が始まったのは1989年からで、それまでは、中高一貫校というよりは高校主体の学校でした。また、公立の補完校という位置づけで、進学率も低かったですね。ただ、音楽コースだけは別格で、中学校から高校、大学という10年の一貫教育で高い評価をいただいていました。
    中学校はどちらかというと、近くの商店のお子さんが来ているという状況で、入ってくる生徒は楽しい学校生活を送れればそれでいいという感じでした。授業中は寝ている子も、放課後のクラブ活動になると元気になるという(笑)。英文科と幼児教育保育科の短大もあったので、進学を希望するならそこに進めればいいかと。ダメだったら専門学校か就職という状況でした。

    自校の偏差値に愕然 それが改革のきっかけに

    小嶋 なるほど。それで、いよいよ改革をしなくてはという時期に入ると思うんですが、そのきっかけはどのようなことだったんでしょうか。

    前田校長 きっかけは自校が載っていた中学入試の偏差値表です。1988年に、これを他の学校の先生からもらったんですが、もう、びっくりしました。ずいぶん下の方で、偏差値が32ぐらいしかなかったんですから。一方そのころは、若い先生たちは部活を一生懸命やっていて、試合会場に行くと、他の学校が校名や制服などをどんどん変えていっているのを目の当たりにするんですよ。それで、ああ、これから学校も変わっていっていかなければと感じました。
    当時、私は教務主任だったのですが、これから学校改革が始まるんだと、世の中が変わっていくんだと職員会議でも、さんざん話題にしました。とはいえ、まだ雲をつかむような話だったので、1989年にある塾の経営者の方に来てもらって、私と校長、校務分掌の主任で集まり、話を聞きました。世の中は高校入試から中学入試の方へ目が移っているし、今から何か手を打たなければいけないと入試日程の変更や定員の変更など、具体的なアドバイスもいただきました。

    小嶋 世の中はこんなに変わってきているし、他校にも多少変革の動きが出始めていると。これではまずいだろうというのが、改革のきっかけだったわけですね。ところで、実際に改革を始めるにあたって、まず何から着手しようと考えたのでしょうか。

    前田校長 塾の方の話を聞いた後、当時の校長と話をしたのですが、そこで、入試改革の話はすべて任せると言われました。それで、とにかく入口だけでなく出口をきちんとしようと考えました。つまり、入口では、まず優秀な生徒を集めて、出口では、生徒の気持ちを大学進学に変えていこうと。

    小嶋 改革をすべて任せられたということは、自由な反面、どのように進めるか、いろいろと悩まれたことと思います。ところで、改革については最初から、学内全員の賛同が得られたのですか。

    前田校長 いいえ、学校をいますぐ改革しなければという危機感を持ったのは少数でした。多くの先生はあまり関心がなかったようですね。ただ、今にして思えば、人数が少なかったから、改革がうまく進んだような気がします。最初から全員で取り組もうとしたら、どんな小さな事でも、何かを進めるときに全員のコンセンサスを得なければならない。逆に少数だったら話も早いですし、フットワークも軽くなります。また、みんな30代で若かったのもよかったと思います。これで失敗してもすべてが終わるわけじゃないし、何とかなるさという前向きの気持ちがありましたしね。少しでも後ろ向きの気持ちがあったら、うまくいかなかったと思います。

    小嶋 少人数で改革に着手したのが逆に良かったわけですね。それで、改革にあたって生徒の方はどうだったですか。

    前田校長 生徒はもう今までの環境にどっぷりと浸かっているから、なかなか切り替えられないんですよ。そもそも保護者の方も大学進学などあまり考えていなくて、のんびりと学校生活が送れればいいという考えが主流でしたから。高校まで行ければいいと。保護者会を開いてもあまり来なかったですし、良くも悪くも、学校にお任せしちゃったという感じですね。

    受験生の親へのアンケートで学校のイメージを調査

    小嶋 まず入口と出口を固めるということで、前田先生が入口をご担当されたということですが、どうやって、優秀な生徒を集めようとしたのですか。具体的なことをお聞かせいただければと思います。

    前田校長 当時、ある塾の協力で、田園都市線の受験生の親にアンケートを行ったんですよ。私立中学校に対してどういう魅力を感じて、どういうことを望んでいるのか調べるために。そのアンケートの一番最後に洗足学園のイメージを書いてもらったんです。そうしたら、アンケート自体は5000件近く集まったのですが、イメージについては誰も書いてくれなかったんです。要するに、ほとんど知らないと。
    ところが、あざみ野と青葉台に住んでいる人たちだけが当校にちょっと興味を示していて、実際に来てみたいとあったんです。それで、いろいろ調べてみたら、その地域はいわゆる「神奈川都民」が多く住んでいる地域で、昔の洗足学園を知らない人たちだったんです。それで、まずそういう人たちをターゲットにしようと考えました。

    小嶋 逆に以前のイメージのない、新しく移ってきた人が、洗足学園に興味を持ってくれたんですね。ところで、当時、塾回りなどはされていたんですか。

    前田校長 総務部に入試広報委員会を作って、そこが入試の広報を担当するようになりました。とはいっても、メンバーは3~4人しかいないんですよ。名前だけ立派ですけど。それでも、模試会場などでチラシを配ったり、塾回りも徐々に行い始めました。

    小嶋 今考えると、当時は入試用の広報というのも他の学校ではあまりやっていなかったのではないかと思います。それで、チラシを配ったり塾を回ったりと、いろいろ苦労されたのではないですか。

    前田校長 どこまでが苦労かよくわからないんですけどね。確かに、帰りは遅くなりましたが、部活ほどではなかったですし。まあ、こんなもんかなと。配布するチラシなども事務所の方に作ってもらえましたし。周囲は協力的だったので、とても助かりました。
    ただ、塾回りでは、門前払いもありましたね。「おたくの学校を受ける生徒はいません」とか。たしかに、偏差値をみればそう思われてもしかたがないかもしれませんけど(笑)。

    小嶋 改革が始まって、手応えといいますか、徐々に認知度が高まってきて、人が集まり始めたというのは、いつからですか。

    前田校長 最初の手応えを感じたのは、1992年に入学してきた生徒からでした。偏差値もこの頃から40台の半ばに突入し始めたので、比較的スムーズに募集活動ができるようになりましたね。

    小嶋 ただ、まだ結果も出ていないですし、周囲から見ても貴校はよくわからない立場だったのではないでしょうか。そのあたり、何をウリにして名前を広めていったのでしょうか。

    前田校長 改革を始めるにあたって、他校との区別化を図るにはどうすればよいかをまず考えました。学園全体の環境を考えると、当時短大の英文科に32名のネイティブの先生が在職していましたので、この環境を中学高校の教育に取り込めればと考えました。あとは音楽ですね。学校説明会でもこの辺りをアピールしようと、高校音楽科の卒業生の生演奏を聴いてもらうようにしました。今ではそれほど珍しくはありませんが、当時はクラシックの生演奏を聴く機会はなかなかありませんでしたから、かなり好評でしたね。

    小嶋 そういう説明会の工夫なども、他の学校と比べて先駆的ですね。

    前田校長 たまたまある資産=生徒を有効活用しただけで、成功するかどうか半信半疑でしたけど。
    あと、英語の方は中学で4ヶ月のアメリカへの留学制度がはじまり、その参加者にスピーチをしてもらいました。すると、中学生が英語をしゃべるのが保護者にとって新鮮だったようで、すごく受けましたね。当時の自校のレベルを考えると、この学校でもこんなことができるんだという強いインパクトを与えることができたのではないでしょうか。

    もっと先に進みたいという生徒をきちんとフォローすることも大切

    前田校長 これで、入口の方はなんとかなりつつあったんですが、出口の方がまだダメで、いつまでたっても生徒たちの意識は変わらなかったんですよ。それで困って河合塾のサテライト授業を取り入れたりもしたんです。全国で2番目だったかな。
    最初は生徒たちも集まって、200人入る教室が半分以上埋まっていたんです。ただ、そのうちに内容が難しいのか、画面を通しての授業に慣れないのか、生徒も少なくなってきて、1年もたたないうちに数名になり、最後は担当の先生だけがじーっと画面を見ている状況になってしまいました。
    結局、2年で止めざるを得なかったですね。ただ、その時に担当の先生がこれなら自分でもできるのではと考えて、受験したい生徒だけ集めて個別に講習を始めたんです。そのうち、生徒を8人ぐらい集めて勉強合宿を行うようになりました。つまり、授業についていけない生徒をフォローするだけでなく、もっと先に進みたいという生徒もきちんと伸ばしていこうと。そこからですね、改革の手応えをつかみ始めたのは。

    小嶋 そういうことが、1997年の青山学院大学21名合格へつながったんですね。

    前田校長 その青山学院大学に合格したのも、ほとんど国際関係学部なんですよ。英語教育に特化した成果だと思います。

    小嶋 この年は他大学も含めて急に大学合格実績が伸びていますね。このあたりから洗足学園が変わってきたということで偏差値も上がっていきますし、周囲の見る目も変わってきたのではないでしょうか。

    前田校長 それまでは、じっとしていましたけどね(笑)。

    生徒が変わってきたら先生たちも変わらざるを得ない

    小嶋 今までのお話ですと、改革が本当にスムーズに進んでいるようで、驚きです。ただ、ここまでに障害や弊害がまったくなかったとは思えないのですが、そのあたりはいかかですか。

    前田校長 まあ、多少の障害みたいなものもありましたが、それでも生徒が変わってきたら先生もそれに合わせて変わっていかなければなりませんから。生徒の希望を叶えるために、自然と校内の雰囲気も変わっていきましたね。
    説明会に人が集まりだしたことも先生たちの意識を変えました。改革スタート時には30数名とわずかだったんですが、2年後には200名入る部屋が半分以上埋まり、3、4年したら、そこでは収まりきれなくて、もっと大きな部屋に移しました。やはり人が来てくれるとうれしいんですよ。そのことで、改革にあまり乗り気でなかった先生たちも、関心を持ってくれるようになりましたね。

    小嶋 なるほど、改革が実を結ぶにつれて、内部の意識も変わってきたのですね。

    前田校長 ただ、それまでは授業面でも苦しいことがありました。生徒の方も与えられたことはやるけど、自ら進んでやるという感じではなかったんです。だから、特に中学生は、宿題をたくさん出したり、小テストをガンガンやったりしましたが、小テストは合格点を取るまで何度も再テストを行いましたね。そうすると保護者から苦情が来るんですよ。夜一時まで宿題しているとか、小テストで朝早く家を出るけど、この学校はどうなってるんだとか。そういったことに不満を持つ保護者に説明するのは難しかったです。

    改革が進み偏差値が上がると勉強に乗ってくる生徒も増える

    小嶋 その生徒の意識がだんだん変わっていったんですね。

    前田校長 そうですね。1997年に大学合格実績が向上してから、しばらく合格者数も安定的に推移していたんですが、それでも我々は誰も満足しなかったんです。生徒の要望もだんだん上がってくるようになってきたし。特に、生徒たちがプライドを持つようになりましたね。偏差値が上がったのは、自分たちのおかげだと口に出す生徒もいるぐらいで。そうして、勉強に乗ってくる生徒が増えてきました。

    小嶋 生徒の質が上がっていくにつれ、先生の意識も変わっていかなければならないというお話とつながりますね。

    前田校長 ちょうど21名青山学院大学に入った頃から、先生の若返りが始まりました。その先生方は、大学進学は当然と思っている人ばかりですから、学力向上のために何が必要か、授業の質を上げるにはどうすればいいか研究熱心でした。

    小嶋 そのような中で、前任の桜井校長先生が一役買ったわけですね。

    前田校長 そういう意味では、私どもはトップに恵まれていたと思います。鈴木校長時代は、入試関連の経費の大枠は校長が決めていましたが、業者選定の裁量権などは全て任せられ、好き勝手にやらせてもらいました。それがあったからこそ改革の地盤ができたのだと思います。ある程度できたところで櫻井校長が強力なトップダウンで、教師の意識改革を断行したことは大きかったと思います。

    「辞めますか生まれ変わりますか」で先生の意識改革に着手

    小嶋 櫻井先生といえば、問題のある教員を校長室に呼んで、「辞めますか、それとも生まれ変わりますか」と迫ったことで有名ですが、それはいつ頃の話なんでしょうか。

    前田校長 ちょっと誇張された表現で世間には伝わっていますが、校長就任2年目だと思います。「授業を大切に」ということでまず専任教師全員の授業をチェックし、その後の面談で注意を促したり、保護者、生徒からの先生への苦情に対しては本人から確認をとり指導をしていました。確かに、早期退職優遇制度もあり教員の入れ替わりが激しく、若手教員が増えました。
    ただ、授業の質を上げなければ、放課後の講習も意味がないという共通理解は教員の間にもありましたね。特に、この頃から中1・中2の生活指導、学習指導に重点を置いていったんです。そこでいかに学習する習慣を身につけさせて、自学自習に持っていくかと。結果的に、これが当たったんですね。特に数学に若手の先生が入ってきて、ガンガン力をつけさせていった。その結果、全国レベルでも数学の点数は高くなりましたし、やればできるんだという実感を得ることができました。そうすると、数学以外の教科でもがんばろうという気になってきて、そのうち、他の教科の点数も上がっていきました。

    小嶋 成果が見えてくると、先生たちもやる気が出てきて、さらに向上するということですか。

    前田校長 進路指導部の先生などは、テストの平均偏差値をいつまでにここまで持っていくという目標を持って、前向きに取り組んでいましたね。
    それが、生徒にとっても良い影響を及ぼしまして、それまでは与えられたことだけやっていたのが、自分から積極的に学習するようになったんです。特にわかりやすいのが家庭学習の時間で、1997年頃の中学1年生は平均して40分ほどだったんですが、今の高2の生徒が中1の時には1時間を超えていました。今の中2の生徒だとさらに長くなり、1時間22分にもなりました。このように家庭学習の時間が劇的に増えているんです。

    やった人が報われる給与体系が先生のやる気をさらに引き出す

    小嶋 現在とこれからの改革についてもお聞きしていこうと思うのですが。たとえば、先生の意識改革や人事評価などについて、これからどのように変えていこうとお考えですか。

    前田校長 4年前に新しい就業規則が制定されました。この就業規則のコンセプトは、働いた人に多くの報酬を与えるということで、基本的給与は変わりありませんが、業務をポイント制にして、主任・担任・委員などその職務に応じて給与を決めるとか、休日に校務で出勤した教師には手当てをといった具合に一生懸命やった人が報われるシステムです。

    小嶋 終身雇用とか年功序列ということではなく、やった人にはその分、見返りがあるということですね。

    前田校長 そうですね。その他にも、その年度で教育実践上に功績のあった先生には報奨金を授与するという制度があります。事前に教科指導・生活指導・特別活動などの自己評価をした書類を提出し、それをもとに校長面談を実施し報奨金候補者を選出し、理事長に推薦するというものです。

    人間力の向上が学力の向上につながる

    小嶋 なるほど、人事面の改革も着実に進んでいるようですね。それでは、その他の改革についてはどのようになっているのでしょうか。さらに上を目指すための方針などがあればお教えください。

    前田校長 もうひとつ上のランクを目指すには、生徒に自主的、自立的な学習の習慣を身につけさせなければならないということで、新しい教育システムを策定中です。そうなってきますと、1日24時間をどう使うかが重要なので、生徒たちには3つの時間管理だけはきちんと行うように指導しています。朝起きる時間と、寝る時間と、勉強を始める時間ですね。この3つだけを決めて、きちんと守るようにすればいいと。そうして、自分のタイムスケジュールをきちんと作り、管理できる生徒に育てていかなければならないと考えています。実際、自律心のある、しっかりした生徒は強い学習意欲を持っているんですね。高い学力は高い人間力からというのをひしひしと感じます。
    あと、本校の教育目標である「社会に有為な女性を育てる」につながることなんですが、少子高齢化、グローバル化が進むこれからの社会は女性がますます活躍する時代だと思っています。そうした意味で生徒たちにもいろいろな選択肢があるわけです。そうなると高い学力とか、幅広い知識とか、その土台となる部分を中学から高校までの6年間にどう作り上げていくのかが大切になります。来るべき女性の時代に向けて、どのような教育を行っていくのか。それが今後の改革のポイントになると考えています。改革に終わりはありません。私たちも立ち止まってはいられないのです。

    小嶋 そういったもろもろの内部の改革に対して、先生たちの意識も変わってきていると思いますが、具体的にはどのような感じですか。

    前田校長 校内研修を年3回行っています。テーマは生徒を指導する上で参考になるものが多く、コーチングとか、思春期の心の問題といったものですが、どのような講師を呼んで、どのような話をしてもらうのかは、先生たちに決めてもらっているんです。
    また、学外での研究会・研修会にも積極的に参加するよう呼びかけています。各教科ごとに予算を割り当てて、その予算内ならどこへ行ってもいいことにしているんです。例えば、英語の先生が海外へ行きたい場合も、折り合いがつけば出すようにしています。

    小嶋 つまり、先生たちにも自分でレベルアップするという裁量権を与えて、自主的にやらせているということですね。

    前田校長 以前だと研修などに行くのもそれほど積極的ではなかったんですが、最近ではスキルアップにつながるということで、進んで参加するようになりました。そういう点でも、先生の意識が変わってきていますね。

    小嶋 最後に、現在改革を行っている、またはこれから行おうという学校に対して、何かアドバイスがあればうかがいたいのですが。

    前田校長 やはり「教育は人なり」という部分がとても大きいということですね。教員の採用は一番大事です。どういう人が欲しいのかというポリシーをきちんと持つべきだと思います。ただ優秀なだけではダメで、その学校の風土に合わなければ、先生自身もレベルアップしなくなります。今後は、そのような先生をどのように採用するのかという方法を考えることが重要になりますね。