スペシャル・インタビューの第1弾は、国際バカロレア機構アジア太平洋地区委員で東京インターナショナルスクール代表でもある坪谷ニュウエル郁子さんに登場いただきます。 坪谷さんはご自身のお嬢さんのために東京インターナショナルスクールを設立され、国際バカロレアの教育プログラムを実践されています。ここでは、2014年9月19日に開催された私学マネジメント協会主催定例セミナーから要旨を抜粋してお伝えします。
東京インターナショナルスクール設立の背景
私が現在代表を務める東京インターナショナルスクールは、私の娘たちのために創った学校です。アメリカの大学で学び、帰国後に語学学校を開いた経験の中で、私が行き着いたのは「英語をツールとした人間教育をしたい」という思いでした。私が伝えたいのは、‘I’m special, you’re special ’…私は特別な存在。家族、友人、全ての人が特別な存在であり、自分は全ての人に支えられているということ。そういう教育プログラムを実践したくて、チルドレンハウス(幼稚園)の設立からはじめ、娘たちの成長に伴って小学校・中学校を作っていきました。これが、現在の東京インターナショナルスクールです。
IBプログラムを導入・実践している理由
一条校ではない東京インターナショナルスクールの生徒は、港区という場所柄もあり、95%が日本に3~4年滞在している駐在員の子どもたちです。彼らが次にどこの国に行ってもスムーズに転校ができるようなプログラムを調べた結果、理念がもっとも近い世界標準のIB(国際バカロレア)プログラムの導入を決めました。
IBのプログラムは「全人教育」を理念としています。初等教育プログラム(PYP)、中等教育プログラム(MYP)、ディプロマ・プログラム(DP)を通じて、「探究する人」「知識のある人」「考える人」などの10の学習者像を目指しています。
東京インターナショナルスクールでは、小学校ではどの学年も6つの概念、そのテーマに沿って年間を通じて、いわゆる国語・算数・理科・社会などの教科の勉強をしていきます。
<6つの概念>
1:私達は何者なのか?
2:私達はどのような時代と場所にいるか?
3:私達はどうやって表現するか?
4:世界はどう機能しているのか?色々なことはどんな役割も持っているの?
5:社会の構造。社会はどうやって組織化されているのか?
6:地球を共有する。
ここでの教員の役割は、知識を教えることではなく、適切な質問を生徒に投げかけることです。生徒たちにテーマについて考えさせるときには、5才児から小学校高学年まで全学年で、次の8つの質問をしていきます。
<8つの質問>
形式:それはどのようなものか?
機能:それはどう機能(役割)になっているのか?
要因:それはどうしてそうなったのか?
変化:それはどのように変わってきているか?
結びつき:それは他と、どうつながっているのか?
観点:どういう考え方(ものの見方)があるのか?
責任:私(達)がしなければいけないことは何か?
振り返り:どうだったか、これからどうすれば良いのか?
中でも重要なのが8つ目の『振り返り』です。1日の終わりやプロジェクトの終わり、学期・年度の終わりに、生徒自身に自分の取り組み方・学びの姿勢について内省を促し、目指す学習者像のゴールに比べて自分はどうだったか、を考えさせることで、次の行動へとつなげていくのです。
日本政府の「IB200校計画」について
安倍首相は、2013年6月の閣議決定で、「一部日本語による国際バカロレアの教育プログラムの開発・導入等を通じ、国際バカロレア認定校等の大幅な増加を目指す(2018年までに200校)」と宣言しました。200校というと日本全国の高校の4%くらいに当たります。
私も国際バカロレアのアジア太平洋委員として、文科省とIB機構と連携して日本の中等教育へのIB導入に取り組んできていますが、
・IBのディプロマ資格で受験可能な入試方式を採用する国内の大学を増やす
・学習指導要領とIBカリキュラムの読み替え
・IBプログラムを指導できる教員の養成
・ 外国人教員の免許問題
などの課題がありましたが、国際バカロレアアドバイザリー委員会を設立し、その結果、その全てに答えを出すことができました。
200校とはずいぶんアグレッシブな目標だという声もありますが、各国の導入状況を見ると、無謀な計画とは言い切れないかもしれないのです。
今一番ホットな地区は、アメリカ地区です。エクアドルは、4年でIB認定校500校を目指すことを宣言し、無理だと言われながらもすでに150校が認定され、250校が申請中、申請準備中は100校です。南米地区の特徴として、IBの公立学校への導入に政府が介入している点が大きいです。ヨーロッパ・中東・アフリカ地区では、イラク北部で初の認定校ができた点が注目を集めています。また、ロシアではモスクワ市長がIB認定校(公立)に財政支援をすることを発表しています。
そして、近隣のアジア太平洋地区ですが、インドでは年間30~40校と、まさに国の勢いを感じさせる速度で認定校が増えています。中国本土では、北京と上海の2つのエリアを中心にエリート校に集中導入。マレーシアは、10の州から一校ずつモデル中学校を設定し、800人の教職員に対してトレーニングを行いました。
対して日本はと言うと、「IB アジア太平洋地区年次総会」及び「IB 代表者世界会議」を日本で開催することを計画中です。世界各国からIBの関係者や認定校の代表が集まるこのカンファレンスを日本で開催することで、IB認定200校にむけて、国内の関心を高め、盛り上がりを起こそうと考えています。
大学や産業界におけるIBの有効性
世界各国の大学では、入試制度や単位認定にIB資格が用いられているところがあります。例えば、イギリスであれば、英国入試機構(UCAS)が、IBスコアを独自のTariff Pointに置き換えて換算表を作成するとともに、大学ごとに出願が必要なTariff Pointの「目安」を受験者に提供しています。アメリカにおいては、IBの科目のスコアによって履修が免除されたり飛び級ができたりし、ハーバード大やコロンビア大、UCLAなどの名門大学等で採用されています。
日本の産業界からも、「語学力のみでなく、コミュニケーション能力や異文化を受容する力、論理的思考力、課題発見力などが身に着くIBディプロマ課程は、グローバル人材を育成する上で有効な手段の一つである」「ディプロマ取得者に対する社会における適切な評価も重要であり、大学入試における活用や、企業も採用時や人材活用において適切に評価することなどが重要」というコメントが出されています(2013年6月 日本経済団体連合会-グローバル人材の育成に向けたフォローアップ提言-「世界を舞台に活躍できる人づくりのために」)。
教育の選択肢を増やし、『社会に還元できる人材』の育成を
昨今、言われている「グローバル人材」というフレーズには、国際的なビジネスの場面で勝負できる・負けない人材という意味合いが強く込められている印象がありますが、私はその定義とは違う考えを持っています。私に言わせてもらえば、グローバル人材とは『自分の得意分野を通して、社会に還元できる人』。皆が皆、国際ビジネスの第一線で活躍するわけではありません。それぞれが自分の得意な分野を通して社会に貢献することが大事であって、それができる人がグローバルな人材だと思います。
大学入試制度改革として、現状のセンター試験の廃止も決まり、多様な力を求める入試制度へと、日本の大学入試も変わろうとしています。東大も、求める学生像として「自ら問題を発見し創造的に解決できる人材」と打ち出しました。まさに、IBのように今までの教育とは違う教育が求められはじめていると言えます。
ですが、私は全ての教育がIBのようになることが理想だとは思いません。人間が多様であるように、教育もまた多種多様であるべき。次の私の目標は、このプログラムを取り入れるに際し、国も国際バカロレアもできない支援、例えば経済格差が教育格差になってはいけないという観点から、国際バカロレアの教育を受ける生徒の内、世帯収入が一定以下の生徒達に円滑に教育が受けられる様な財政的な支援をするための財団を立ち上げたばかりです。
(2014年9月)
坪谷ニュウエル郁子さん
神奈川県茅ケ崎市出身。イリノイ州立西イリノイ大学修了、早稲田大学卒。1985年イングリッシュスタジオ(現日本国際教育センター)設立、代表取締役就任、1995 年東京インターナショナルスクールを設立。代表就任。同校は国際バカロレアの認定校。その経験が評価され、2012年、国際バカロレア(IB) 機構アジア太平洋地区委員会の委員に就任。文部科学省とともに、教育の国際化の切り札となる国際バカロレアの普及に取り組んでいる。