東京都立国際高等学校は、都立学校で初めての国際学科高校として創立され、今年で28周年を迎えます。多様性が最大の魅力の同校は、「調和のとれた国際感覚を身につけ、世界の人々から信頼され、尊敬される人材の育成を目指す」ことを教育理念とし、それを実現するための高度な語学教育やグローバルな視点に立った多彩な国際理解教育を実践しています。平成27年度5月に国際バカロレア(IB)機構からIBスクールと認定され、今年度から国際バカロレアコースで学ぶ生徒たちに、IBのディプロマ・プログラムをスタートさせました。今回は、校長の荻野勉先生と、副校長の高橋聡先生にお話を伺いました。
都立高校初のIB校として、認定されるまでの経緯を教えてください。
本校は、平成元年に都立高校では初めて国際学科高校として創立しました。今年度も全体で17カ国の在京外国人生徒と35か国からの海外帰国生徒を受け入れていますが、文化的に多様なこの環境を、貴重な教育的資源と捉えています。国際バカロレア(IB)は、多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的としていますが、本校では「調和のとれた国際感覚を身につけ、世界の人々から信頼、尊敬される人材の育成を目指す」ことを教育理念としているので、IBが導入される以前から、それに近いコンセプトを持っていました。実は創設の頃からIB導入を考えていたと聞いております。
若者が「内向きだ」と言われていた平成24年3月に都立高校改革推進計画の第一次実施計画案が出され、そこで「グローバル人材の育成」が政策となりました。その中で、外国語教育の充実や、都立高校初のIB認定校を目指すと言う一文が盛り込まれたのです。また、当時アジアのヘッドクォータープロジェクト(※総合特区と都市再生を一体的に活用し、アジア地域の拠点となる外国企業を誘致する)という計画があり、来日する外国人を英語授業で受け入れる学校が必要となりました。そうした経緯もあって、もともと国際色の豊かだった本校と、東京都の政策が合致する中で、IB取得に向けて動き出すこととなったのです。
約2年間の準備期間を経て、平成27年5月にIBスクールとして認定されましたが、ご存知のようにIB認定は、特に公立の学校にとってはとても大変です。しかし、私たちはIBというこれまでとは違った教育システムと出会うことによって、都立高校の教育を活性化したいという強い思いがあります。
どのような生徒さんに入ってきてほしい、あるいはどのように育ってほしいとお考えでしょうか。
チームで働くことができ、人間の基本である「思いやり」を持っている人にはいってきてほしいと思います。また本校の場合は、海外大学に進学することを前提に受けてもらっています。国際的な医療活動をしたい、映画製作に携わりたい等、志は様々です。
本校はIBコースだけではなくて、レギュラーコースも含めて、IBワールドスクールとしての認定を受けているので、授業・行事すべてにおいて、IBを意識していくべきだと考えています。レギュラーとIBの教員はお互いの授業を見学しあっていますし、先生達がIBのコアである『10の学習者像』を教育活動に活かしています。そうする中で、バランスの取れた、オールラウンドな生徒を育てられればと思います。
高い英語力が求められるイメージがありますが、入学選抜に、“数学”を入れられているのは、なぜでしょうか。
グローバルな人材を育てるときに、基本的な素養としてロジックをしっかり組み立てられる人であってほしいということと、理系科目に適性のある生徒に来てほしいというところから、数学活用能力を見る検査を取り入れています。
本校の生徒、その中でも帰国生は英語をとてもナチュラルに話しますが、人を説得できるように話すとなると、ロジックがないと難しいです。そういった意味でも数学的能力は必要です。学習実態というのは様々で日本では空間図形を中学校で学びますが、海外の学校ではやらないところが多いそうです。入学選抜で数学的センスがあるかないかを問うときに他の学校のように簡単にはいきません。その中で本当に選抜しなければならないという難しさがあります。
多くの国からの生徒がいて、他者理解というのはうまくいっているのでしょうか。
学校の中は国際社会の縮図のようになっていて、時にはうまくいかないことも出てきます。ただ、その点については力を入れて教育をしています。私は、本校は「政治でできないことを教育でやる」ことが可能な学校であると考えています。将来の国際的なリーダーを育成する学校として、生徒には今の政治経済のあり方を、しっかり受け止めてもらって、その上で理想を実現してほしいと思っています。
良い面としては、非常に受容的なことです。本校には多様な生徒がいます。例えば日本語が分からない、あるいは生活習慣が違う、それこそお弁当なども様々です。そうすると、そういったことを目の当たりにして受容する雰囲気はありますね。様々な文化に触れて、自国の文化とは少し違うがそれを受容する。そういうことは日常の学校生活の中で普通に行われているという面があります。
ただ一方で、国際関係などに影響されてクラスの中の人間関係がぐらつくようなこともあります。それからアイデンティティの問題も大きいです。こういった問題については様々な対応をしていますが、ちょっと難しい部分も正直あります。ですから本校では英語のわかるカウンセラーを雇用して対応しております。
TOKの授業ではどのようなテーマを扱ってらっしゃるのでしょうか。
これは日本のカリキュラムにはないIB独自の科目で、「私たちは何を知っているのか?」「そもそも知るとはどういうことなのか?」といった課題を通して知識の本質について考え、批判的思考力を培います。最近の授業では、日頃どれだけ視覚に頼っているかを理解させるために、生徒に目隠しをさせて、異なる食材を食べさせて、何を食べたか当てさせる活動を行いました。生徒からは、「今までいかに視覚に頼っていたかや視覚が妨げられると他の感覚が鋭敏になることが分かった。」などの感想が寄せられました。
また、「真実」と「事実」同じかという議論もさせました。生徒からは、平等院の鳳凰堂の例が出されるなど、日本的、東洋的な議論の深まりもありました。そういう意味では本校が世界のIBスクールに貢献できる部分もあると思います。
TOKは、教員のアカデミズムが問われます。問いを提示して、生徒から反応予期せぬ答えが返ってきたときに自分も返せるかどうか。こうしたことを専門的に勉強してきた人はおそらくいないので、我々教える側の学問に対する深さが問われていると思います。
IBを目指している学校の先生方にアドバイスをお願いします。
日本には本当にいい教育がたくさんあると思いますし、IBとオーバーラップする面も非常に多いですね。IB校になる・ならないというのは、様々なファクターから決まっていきますが、仮に導入しなくともIBのいいところを取り入れて自分の学校に使っていただけたらいいと思います。ある意味では日本の教育は、その良さの中で自己完結的になっていた部分もあると思うので、IB教育と出会うことによって、こういった良さもあるのだと気づいていただきたいですね。IBスクールであるないにかかわらず、良いものは取り入れればいいのですから、大いに取り入れていただきたいと思います。まさにTOKが目指すところと一緒ですね。今ある前提を疑って、もしかすると違う部分にいいところがあるかもしれないと考える。まさにTOK的な学校運営をされたらいいと思います。
本日はありがとうございました。
米国で国際教育の修士号取得後、都立高校教員に。
英語教員として23年間、教壇に立つ。
その後、副校長、東京都教育委員会担当課長を経て、平成27年4月より現職。
現在、東京都国際バカロレア・ディプロマプログラム教育研究会長東京都英語教育戦略会議委員
[聞き手:コアネット教育総合研究所 新教育推進室 アカウントマネージャー 宮本智彰]
2016年6月取材