巣鴨中学校・巣鴨高等学校(以下、巣鴨)は、1910年(明治43年)に文学博士である遠藤隆吉先生が創立した私塾「巣園学舎」をはじまりとしている、東京都内にある私立中高一貫の男子校です。硬教育(努力主義)による男子英才教育を今日まで実践し、様々な取り組みの中で、生徒一人一人が自ら努力し続ける姿勢を養っています。また、国際教育においては、国際社会での公用語である英語の素養を身につけ異文化を理解するオリジナルのプログラムを実施し、世界を舞台に活躍できる人材育成に注力されています。
今回は、国際教育部部長の岡田英雅先生に、巣鴨における国際教育について、お話をお伺いしました。
巣鴨では、他校とは異なる国際教育プログラムを行われていますね。
本校では、海外研修・短期留学も含め、多種多様な国際教育プログラムを用意していますが、その中でも特徴的なプログラムの一つが、「イートン校サマースクール」です。
本校では、2002年からイギリスの名門パブリックスクールであるイートン校で実施されている「イートン校サマースクール」に参加しています。生徒たちは、歴史的にも文化的にも価値のある施設で、英語および英国の歴史・文化について学ぶのですが、どの生徒も、このサマースクールで出会った、ユーモアがあり教養のある講師の方々にとても感動します。そういった方々との触れ合いが、生徒たちを成長させているということを、私はずっと感じていました。
そこで、このような素晴らしい方々を本校に連れてくることはできないか、「イートン校サマースクール」と同様の体験を、できるだけ多くの生徒に味わってもらえないかと考えました。その想いから生まれたプログラムが、夏休みの6日間、国内にてイギリス人講師から学ぶ「巣鴨サマースクール(SSS)」です。イートン校を卒業された魅力ある方々などを講師としてお招きし、質の高いプログラムを実施しています。生徒たちの中には、ネイティブの方々と6日間も一緒に過ごすことを恐れている子もいて、保護者が無理矢理申し込まれるといったケースもあります。ただ、最初は参加することに対して抵抗感を抱いていた子も、SSSで出会った講師の方々に感動し、終了後には、イギリスへの留学を決意したり英語の勉強を熱心に行うようになったりして、SSSを通じて変化し、成長していきます。
そして、このイートン校との交流実績や、「SSS」で広がった教員間の人脈と、本校への海外校からの評価により、2020年には、WLSA(World Leading Schools Association)に正式加盟を致しました。WLSAはイートン校などを中心に世界の中等教育をリードすることを期待されている学校のネットワーク組織です。本校は、イートン校・ハロー校2校の校長先生から推薦書をもらい、全会一致で可決され、加盟に至りました。
「巣鴨サマースクール(SSS)」だけでなく、「Tokyo Spring School(TSS)」というプログラムもありますが、これは、どのようなものでしょうか。
SSSの上級版にあたるのが、「Tokyo Spring School(TSS)」です。TSSは、Critical thinking, collaboration, communication and creativityの4つの能力を育成することを目的としています。Collaborationの能力を磨くために、本校の生徒だけでなく、日本各地の学校の生徒たちも招いて行うプログラムになります。TSSでは、オックスフォード、ケンブリッジ、ハーバードを卒業され、経済、政治、医療など様々な分野で活躍する人格教養に優れたイギリス人やアメリカ人講師の方々をお招きし、レッスンやアクティビティを行います。
しかしながら、TSS初年度にあたる2020年度は、クラス分けまで完了していたものの、新型コロナウイルス感染拡大により敢え無く中止、2年目も同様に新型コロナウイルスにより中止となってしまいました。そこで、対面ではなく、オンラインでできるプログラムを考え誕生したのが、オンラインプログラム「Double Helix」になります。
「Double Helix」について、詳しく教えてください。
Double Helixとは、「二重螺旋」という意味ですが、高次の思考は、知識の量と高次の思考が二重螺旋のように絡み合いながら向上されます。本プログラムでは、ディスカッションやプレゼンテーションを通して、高次の思考を刺激し深い学びへと誘うものになっています。
国際教育というと、英語教育と思われがちですが、英語はあくまでツールにすぎません。むしろ国際教育に本当に必要な力は、考える力であり、その力が無ければ、たとえ英語を話せたとしても意味がありません。初年度、本プログラム終了後に表彰された生徒は、必ずしも帰国子女や高い英会話力を持っている生徒ではありませんでした。勿論、英語力のある生徒たちは、プログラムの中で、英語を流暢に話せるため議論において優位には立ちますが、本プログラムでは、きちんと分析ができて考えられるかが重要であり、それらができた生徒が受賞をしました。国際教育に携わる他校の先生方も、いくら英語力があったとしても、考える力が無ければ意味がなく、日本の国際教育が英語力強化に焦点を置きすぎていることへの危機感を感じておられます。
実際に、イギリスではアクティブラーニングについて見直しされてきており、きちんとした知識を持つことが重要であると考えられ、改革が進められています。日本は、まだアクティブラーニングを追いかけている状況ですが、いずれ知識を持つことの重要性を再認識することになるでしょう。
イギリス人の先生方からお聞きしたことですが、イギリスでも生徒たちはプレゼンテーションをするが、全く中身のない内容を発表して喜んでいて、そのような授業は評価がされない状況だそうです。そのため、イギリス人の先生方は、基礎知識をきちんと学んで思考する「Double Helix」プログラムの考え方に、とても共感してくださっています。
そもそも、「Double Helix」は対面で行うプログラムをオンラインにしたものですが、オンラインにしたことにより、短期間ではなく長期間での実施が可能となり、他校の生徒同士が学期中にも交流することができました。そして、他の学校の先生方が、他校の生徒と話すことができることを非常に喜んでいます。生徒たちは他校の生徒たちと交流することで自分の枠を越えることができる、先生方も学校の枠を越えて教育に貢献できるというのが、本プログラムの魅力の一つであると感じています。
本校から本プログラムに参加した生徒の一人は、実は成績があまり良くない子でしたが、プログラム終了後に、「生まれて初めて英語を一生懸命勉強したくなった」との感想を述べていました。そして、現在、彼は生徒たちだけでのオンライン勉強会を設定・実施しているほか、他の子たちと議論するために大量に読書をしており、自主的な学びを深めています。
生徒のためになると思ってスタートしたプログラムですが、私が想像した以上に、生徒が素晴らしい成長を見せてくれています。
また、2022年7月には対面プログラムとして、「Double Helix:Translational Medicine」を実施しました。英国より専門分野の異なる4名の講師を日本に招聘して、それぞれ独自のコースをご担当していただき、本校の生徒のほか、市川学園市川高等学校、鷗友学園女子高等学校、洗足学園高等学校、駒場東邦高等学校、南山高等学校女子部、広尾学園高等学校の生徒も参加しました。本プログラムでは、医療における「共感と協働の重要性」に重きをおいた各々のコースから知識を獲得しながら医療への理解を深めて、高次の思考へと変換することを目的にしています。最終的には、本プログラム参加者が、医療で人々の幸福を大いに増進していく方法を構想し、世界の様々な場所で医療従事者たちと協働し、人類の苦痛を和らげるために活躍してほしいと思っています。「Double Helix:Translational Medicine」を面白いと言ってくれている医療従事者の方もいらっしゃるので、今後は4コース以上用意して、もっと多くの生徒が参加できるようなプログラムにできればと考えています。
貴重なお話を、ありがとうございました。
編集後記
取材当日は、「Double Helix:Translational Medicine」オリエンテーション及び、4名の講師の先生方のレッスンを見学させていただきました。各先生方のレッスン内容は、それぞれ異なるものであるものの、生徒たちに深く考えさせる問いが与えられており、生徒たちが考えを巡らせている姿も目にしました。先生方は英語でお話しされていましたが、考えるときは日本語でよいという声をかけていたのが印象に残りました。「Double Helix」は、知識を獲得しながら高次の思考へと導くプログラムですが、その思考を伝えるときには、英語を使用することになります。自分の考えを伝えたい、そのためには英語が道具として必要なんだと、生徒自身が気づき、それが英語を学ぶ意欲にも繋がっていくのだろうと思いながら、岡田先生が何度もおっしゃっていた、「英語は道具にすぎない」ということを、見学を通して感じました。素晴らしいプログラムを多々実施している巣鴨の国際教育がどのように発展されていくのか、今後も注目していきたいと思います。
[聞き手:コアネット教育総合研究所 佐々木梨絵]
2022年7月取材