前号で述べた通り、進学実績の向上は、受験生・保護者からのニーズに応えるという文脈に留まらず、学校としての総合力を表すものとして、とりわけ私学においては重要な意味を持つ。だからこそ、学校全体がチームとして進学指導にもあたっていくべきだと考える。
つまり、進学実績という「数字」に表れる学校としての総合力を高めていくことが必要になるのだ。今号では、数字の背景にある様々な要素を「4つの条件」という視点で考えていきたい。
学校から進学実績に関するご相談として寄せられる代表的なものとして、「継続的に進学実績を向上させることができていない」というものがある。ある年、実績が向上したにもかかわらず、それがなかなか続いていかない、という現象が貴校では起きていないだろうか。
多くの学校が課題として抱えていると想定されるこの問題の最も大きな要因は、「チームとして指導にあたることができていない」ことだと私たちは考えている。個人技重視型になっており、悪い言い方をすれば、実績の良し悪しは担任次第という状況になっているようでは、継続的に実績を向上させることはなかなか難しいだろう。ここで、2009年に私たちコアネット教育総合研究所が全国の中高一貫校を対象に行った「中高一貫校の大学進学と進路指導に関するアンケート」の結果をご紹介したい。(表2-①)
この調査では、大学進学実績状況、進路・進学指導の取り組みに対する状況、大学進学に対する考え方などについて聞いている。その中の、進路・進学指導の取り組みに対する状況に関する回答結果の一部をご紹介しよう。指導体制について、「組織的に取り組むこと」が「必要だと考えているか」また、「実際に実施できているか」について、細かく6項目に亘って質問した。大きな傾向としては、「必要だと考えてはいるものの、必ずしも学校として実施しているとは言えない」のが現状であると言える。(表2-②)
多くの項目において、「必要だと思うか」という質問に「必要である」と約60%の学校が答えている一方で、「学校として実施している」と回答している割合は決して高くない。「進路指導担当が各学年にいること」以外は、30%・40%台となっており、「大学入試問題分析を組織的に行うこと」に至っては15.1%と非常に低く出ている。
「実施していない」という回答は別にして、「一部で実施している」という回答はすなわち「学校全体で実施することができていない」ということを意味しているのであり、やはり多くの学校ではチームとしての指導ではなく、個人中心の指導になっているという現状が浮かび上がってくる。
チームとして指導にあたることができていないケースでは、学校としてのノウハウや情報ではなく、個人としてのノウハウや情報に頼らざるを得ない状況に陥りがちである。このような状況では、指導におけるレベル差や温度差が生まれ、ばらつきが出てきてしまう。果たしてこれで、学校としての総合力が向上していくことがありえるだろうか。
しかしながら、チームとして指導にあたる体制を作ると言っても、どこから手をつけていけば良いのか戸惑ってしまう、というのもまた事実だと思う。「総合力」を発揮するための体制であるだけに、そこには当然数多くの要素が含まれることになるだろう。
私たちは、「生徒」「仕組み」「教員」「手段」という「4つの条件」を視点として体制作りを進めていくことを推奨している。(図2-①)今回は、この4領域を具体的に挙げながら、総合力としての進学実績向上のための進学指導体制作りについて考えていきたい。
1. 生徒
至極当然のことながら、最終的には生徒の学力が向上しないことには、進学実績 の向上は望めない。しかし、生徒の学力向上についてもまた、様々な要因がそこに は絡んでいる。生徒たちに、ただただ受験に向けた勉強だけをさせていれば進学実 績が向上するとは必ずしも言い切れない。
私たちは、そこに3つの要素があると考えている。それは、「基礎学力」「受験学 力」と「モチベーション」の3つである。
「基礎学力」は、いわゆる基礎的な学力を意味している。そして、その「基礎学力」の上に「受験学力」が乗る形になる。したがって、「学力」という視点で言えば、双方がなければ、志望する大学への合格は難しい。
しかし、「学力」の向上を担保するためには、また別の要素も必要になる。それが、「モチベーション」である。生徒の学習に対する意欲を駆り立てる、いわばモーターのようなものとして、「モチベーション」もまた非常に重要な要素になる。
そして、これらの要素を効果的に伸ばしていくためには、生徒の現状を把握することが欠かせない。「基礎学力」が足りていないのか、「受験学力」が弱いのか、はたまた「モチベーション」が問題なのか。それを明確にしたうえで、対策を考えていくことが必要になる。
端的に分析を行うのであれば、模擬試験結果を主にした成績データの分析が分か り易いだろう。綿密に成績データを分析することで、得意教科・不得意教科や成績が落ち込みがちな時期、といった有用な情報を得ることができるのだ。また、過年度比較などを行えば、学校としての大きな傾向のみならず、当該学年の傾向を正確につかむこともできるだろう。
そして、生徒の現状が明確になった後は、「仕組み」「教員」「手段」という他の要素に具体的施策として落とし込んでいくことが必要になる。
2. 仕組み
冒頭で述べた通り、進学実績の向上を目指す時によく起こりがちなのが、単発的には実績が出るもののそれが継続しない、という現象である。これはまさに、学校全体がチームとして進学指導にあたるための「仕組み」上の課題に起因している。
おそらく、進学実績の向上を目指している学校の多くは、合格目標を設定されて いるだろう。では、その目標を実現するための戦略を描き、具体的施策に落とし込む、というところまで徹底されているだろうか。
学校として掲げた目標を実現するための戦略を策定し、その戦略に基づいて具体 的施策を作り上げ、実行するための「仕組み」を作ることが、安定的に実績を向上させるためには必要である。進学指導が担任任せになってしまっている学校の多くは、この「仕組み」が欠如していることが考えられる。教員がバラバラに指導していては安定的な実績向上は難しいだろう。
当然、「仕組み」を通して全てを規定し過ぎることは避けるべきだが、全教員が同じ方向を向いて指導にあたることができるような「仕組み」であれば、その効果を期待することができる。学校としての「総合力」を向上させるためには、学校が一丸となって生徒一人ひとりの指導にあたることができるような「仕組み」をつくることが、何よりも必要なのではないだろうか。
3. 教員
とは言うものの、最終的に生徒の指導にあたるのは「教員」である。結局は「教員」に指導力がなければ、どれだけ質の高い「仕組み」を作り上げても「生徒」を伸ばすことはできない。
学校で「教員の指導力」というと、「個の問題」として捉えがちである。教員が個々に自分自身の指導力を高めることはもちろん大切である。しかし、ここで議論したいのは、学校が組織として実績を向上させるために「教員」の指導力を向上させる、ということである。つまり、ここでもキーワードとなるのは、いかにして学校全体として生徒を指導するか、ということになる。
「教員」に基礎的な指導力が備わっていることを前提とするならば、戦略の下に、どれだけ「教員」がコミュニケーションを取り、連携しているか、ということが重要になる。例えば、各教科においてそれぞれの学年の到達目標を明確にし、その達成に向けて各教員が指導にあたる必要がある。
すなわち、目標達成に向けて、共通理解の下に生徒を伸ばすような指導を「教員」が全体としてどれだけできているのか、ということが本質的な課題なのである。これこそまさに、学校としての「総合力」ということになるのではないだろうか。
4. 手段
最後は、どのような「手段」を用いて「生徒」を伸ばすか、ということになる。ここでの「手段」とは、例えば教材や予備校の衛星通信講座などを想定しているが、この「手段」の充実にあまりにも注力しすぎているケースが散見される。
確かに「英語の教材は●●がいい」「衛星通信講座は▲▲が一番いい」といった、一般的な評価はあるだろうし、参考にすべきものではある。
しかし、そのような評価は、本当に全ての学校に当てはまるものなのだろうか。学校によって生徒の質も雰囲気も違うだろうし、そもそも学校としての方針や戦略は、それぞれなはずである。
高い効果が見込まれる「手段」はあるにせよ、どの「手段」を選択するかということよりも、むしろその「手段」の活用法や、導入する目的・意図を学校全体で共通認識として持つことのほうが、より重要なことなのではないだろうか。
「何を」使うか、ではなく、「どのように」使うか、ということのほうが、学校が組織全体として実績を向上させるためには必要なことである。
以上のように、重要なことは、綿密な現状分析に基づいて、目標達成に向けての 戦略を描き、それをそれぞれの具体的施策に落とし込み、そして、その戦略と具体的施策の目的や意図を学校全体として共有したうえで教育活動を展開することである。これこそが、組織として進学指導に臨むにあたっての「肝」なのだ。
高い目標を掲げ、その目標を達成しようと強く思えば思うほど、どうしても様々な取り組みに手を出したくなりがちである。もちろん、できることは数多くあるだろう。しかし ながら、いわゆる「足し算式」思考法でその全ての取り組みを行ったところで、必ずしも 結果が現れるものではない。
私たちは、より戦略的な「掛け算式」の考え方が有効であると考えている。(図2-②)
あくまでも、最終目的は「生徒」の「基礎学力」「受験学力」「モチベーション」を向上させ、目標を達成することにあり、そのプロセスは様々であって良い。「教員」の指導力を徹底的に伸ばすというやり方もあるだろうし、とにかく「仕組み」の完成度を高めるというやり方もあるだろう。
「掛け算」であるから、どこかがゼロになってしまっては実績向上を望むことはできないが、必ずしも全ての要素を100%に近づける必要はない。現状分析に基づいてどこに注力するのかを見定め、実際の指導に反映させることが組織としての実績向上において重要になる。
今、自校においてはどの要素が弱点なのか、どの要素を強化することで学校としての「総合力」を向上させることができるのかを見極めてもらいたい。そこが見えてくれば、「次の一手」が見えてくるのではないだろうか。
今回は、全体像をお伝えすることに重点を置いたため、一つひとつの要素に関する具体的な進め方のご紹介は控えさせていただいた。次号以降では、それぞれの要素における具体的な取り組み方法の一例を実際の事例を通してご紹介していくことにしたい。
特に次号では、模試を中心とした成績データ分析から、どのようにして「戦略」を描いていくのか、そのプロセスを詳しく考えていくこととする。
実績を向上させるために全体的な戦略を描き、その戦略に基づき具体的な指導に効果的に反映させる。
(2016年10月)