第17回 東京農業大学第一高等学校中等部

  • 現状から目をそらすな!将来のために今決断しなくてはダメだ
    校長の強いリーダーシップのもと、全く違う新しい学校が誕生した
    東京農業大学第一高等学校中等部 校長 吉羽 雅昭 先生
    聞き手:株式会社コアネット副社長 小嶋 隆
    「私学マネジメントレビュー」第24号(2008年2月発行)より転載
    2005年に中学校を設立し、完全中高一貫進学校として新たなスタートを切った東京農業大学第一高等学校。東京農業大学の付属校として、常に多くの受験者を集めてきた同校が、中学設立にいたった背景はどのようなものであったのか。また、安定した地位に甘んじることなく、自ら進んで改革を行う原動力はどこから来たのか、吉羽雅昭校長にお話をうかがった。

    小嶋貴校は2005年に共学の完全中高一貫進学校を設立されました。今回は、大学の併設校(大学法人が設置する学校)として安定した地位にあった貴校が、中学開設という大がかりな改革にいたった経緯などを、お聞かせいただければと思います。まず、中学開設前の状況はどのようなものだったのでしょうか。

    併設校としての役割に甘んじ、教育や進路指導のレベルも停滞

    吉羽校長元々私は東京農業大学の教授で、7年前に東京農業大学第一高等学校(以下、農大一高)の校長に就任し、兼任することとなりました。将来の目標もはっきりせず、無目的に大学に来る学生が多くなってきていて、もしかして、高校での教育に問題があるのではないかと感じていた時期だったので、高校の教育について興味を持っていたわけです。
    小嶋それで、実際に校長に就任されてから、どのような点に気づかれましたか。

    吉羽校長当時の高校は、生徒たちを農大に入れることを進路指導の中心にするという雰囲気でした。そのため、教育や進路指導も一定のレベルにずっととどまっていたのです。そこに、農大一高が抱えていた問題があったのではないかと思います。

    小嶋それは大学があるから今のままでいいんじゃないかという、ある意味保守的な感じだったのでしょうか。

    吉羽校長そうですね、大学自体が高校をそういうふうに位置づけていた面もあります。つまり、優秀な生徒は農大に進学させるようにと。それが併設校の役割じゃないかというのです。ところが、実際に校長として赴任してみると、卒業生の4分の1しか農大に行かないわけです。その当時、1学年の定員が500人でしたが、そのうち120人ぐらいが農大へ進学し、残りの4分の3は他の大学へ行っていました。それでも、教員の意識は農大に進学させるという点にありますから、他大受験をする生徒はあまりサポートがされていない状況でした。それから、生徒が多様化してきたり、大学入試に関しても状況が変化してきているのに、教員がそれらの変化に敏感ではなかったことも気になりました。

    小嶋大学の併設校として安定してきたがために、ある意味、ぬるま湯体質になっていたということですね。

    吉羽校長そうですね。でも、実際には4分の3もの生徒が他の大学を受けていたわけです。その生徒たちにどういう教育をし、どういう進路指導をしているのか、そこのところをもう一度考えないと、うちの学校はいずれ成り立たなくなるのではないかと感じました。ちょうどその頃から受験者数にも陰りが出てきていましたので、一部の教員はこのまま変わらずにいることはできない、と感じていたようです。

    小嶋そのような状況下で、何か手を打たなければならないとお感じになり中学の開設に踏み切られたのだと思うのですが、どのようなタイミングで行われたのでしょうか。

    吉羽校長タイミングとしていちばん大きかったのは、校舎の改築です。その時はまだ中学の話はなかったわけですが、高校がこのままではダメになるということで、まず古くなった校舎を建て替えようという話になりました。これは法人も認めてくれたのですが、校舎を新しくしただけで高校が生き残れるとは思えない、中高一貫教育が公立学校にも導入されてきているし、遅ればせながら、農大一高も中学校を考えてみたらどうなのか、という提案が法人側から出されたのです。そして教員からも中学の開設を考えてみたらという声が少しずつ出てきました。そこで、正式に中学設立のための検討委員会が作られました。

    このまま何も変わらなければ生徒も集まらなくなる状況に

    小嶋元々、保守的な体質の学校だったようですが、中学を開設することに対して反対の声はなかったのでしょうか。

    吉羽校長反対とまではいかなかったですが、各論になったら私は関係ありません、という教員は少なからずいました。その中で、もう農大一高だけでは生徒が集まらない、すなわち底ざらいしなければ定員を充足できないということに気付いた先生方が一生懸命になってくれました。
    先生方が危機感を感じたきっかけは、教育が非常にやりにくくなってきたという実感だったそうです。つまり、入ってくる生徒のレベルが以前ほどではなくなってきたんですね。学力と生活態度はある程度比例しますので、極端な話、生徒へのエネルギーが進路指導ではなく生活指導に費やされてしまうという焦りです。私もそれは感じていました。ですから先生方に、このままでは目指す教育ができなくなる。さらに定員が集まらなければあなたたちの職場も危なくなるんだということを話しました。

    小嶋もっと危機感を持って欲しいということですね。中学開設に前向きな人もいれば消極的な人もいる、この集団をどう前に進めたのですか。

    吉羽校長その頃法人から、中学開設は私の独断で進めているのではないか、もしかしたら他の教員は皆反対しているのではないか、校長だけが旗を振って、現場の人間がそっぽを向いているなら、法人としては認めることができないから、そこの点だけは確認させてくれ、ということを言われました。
    そこで理事会のメンバーと教員全員との懇談会が行われたのです。そこでは、中学を開設したいという声もありましたし、したくないという声もありましたのでひやひやしましたが、おもしろいことに皆が一致してやるというよりは、一部に反対の声があるほうが正常ではないかという結論になり、法人のOKが出ました。反対だった先生方もこれでやらざるを得なくなりました。

    中学開設が正式に決まり、外に向けてアナウンスを開始

    小嶋なるほど。それでいよいよ中学開設に向け本格的に動きはじめたと思いますが、新しく学校をつくるには色々な手続きや検討が必要ですよね。それに外に向けてのアナウンスもしなければなりません。その辺りはどのように進められたのですか。
    吉羽校長検討委員会をつくったものの、中学を運営することに関しては、私をはじめ全員がまったくの素人でしたから、中学というのはどのようなもので、どのようにして教育プログラムを作っていくのか、また、生徒に来てもらうにはどういった学校にしなければならないのか、この辺りをまず把握しなければならないと考えました。
    そこでまず、私自身が塾の関係者に会い、農大一高が中学校をつくるということに対して塾の皆さんがどう見ているのかを正直に話していただきました。それから、すでに中高一貫教育を運営されている学校を訪問して、そのノウハウを少しでも聞き出そうとしました。
    ただ、学校訪問に関しては、近隣の学校にしてみれば将来ライバルになるところにうちのノウハウは教えられないだろうと考え、競争することのない関西にある学校に話をうかがうことにしました。関西の学校を何校も訪問したところ、どういう学校づくりをしているのか、運営方法はどうなのかなど、さまざまなノウハウを教えていただいたんです。そのうち、ここの学校はここまでできるけど、私どもではまだここまでしかできないな、などということが見えてきました。そこで得た情報を検討委員会のメンバーに話して、各自勉強するように伝えたんです。これがまず情報収集の第1弾でしたね。

    まずトップで中学校の方向を決め、それを先生方に伝えることに

    小嶋なるほど、たしかに競合にならない学校であれば色々と教えてもらえそうですね。関西にも運営方法や進学指導が優れている私学は多いですし。
    次に人材についてお伺いしたいのですが、全てこれまでいらっしゃった先生方で検討されたのですか。

    吉羽校長いえ、中学経験者を採用する必要があったので、それならば検討にも加わってもらいたいと中学開設の前年度から高校の教員枠の中で何名か採用し、開設と同時に中学に籍を移すことにしました。それから、検討のためのメンバーもそろえました。その一人が長年中学受験塾業界にいた人間です。彼は私の後輩にあたるのですが、塾のノウハウを知る人間が入ったことは大きかったですね。
    また、公立校を退職された校長先生にもメンバーに加わってもらい、教育行政、特に義務教育に関する面で強力にサポートしてもらいました。中学のための先生も、単に中学経験者ではなく、他の私学で活躍してこられ、募集やカリキュラム検討などの力もある、これはと思う人材を採用しました。新たに開設室という組織をつくり、そのメンバーが中心となって、どのような中学にしていくか、検討を重ねていったのです。そして、他の教員にはその検討結果をわかりやすく示し、「こういう中学にしていくんだから、あなたたちも一緒にやってくれ」という提案をしながら進めるようにしました。最初から職員会議での合意を経て進めていくという方法をとらなかったため、検討のスピードは早かったですね。

    小嶋新しい事を始める際は、ある程度のトップダウン方式が必要ですよね。私も中学開設の際、高校とは全く違うイメージを受けましたが、新しいメンバーにより作られたものだからこそ、という部分があったのでしょう。
    改めて伺いますが、どのようなイメージを打ち出されたのでしょうか。

    吉羽校長まずは、今までの高校とは全く違う中高一貫校をつくるんだ!というイメージを打ち出しました。そのためには、「レベルの高い他大へ行かせる!」という宣言が必要でしたので、「国公立・早慶上智大学50%合格」という数値目標を設定し、広く告知しました。この進学目標というのは、当時の高校の進学実績を大きく上回るものでしたので、相当インパクトがあったようです。

    小嶋確かに、この目標がすべてを表現していますよね。うまいコピーだったと思います。次に、広報活動についておうかがいします。新しく学校を作る場合、学校の存在を知ってもらわないことには何も始まりませんよね。それについてはどのような活動を行われたのでしょうか。

    中学校をアピールするため、説明会にも積極的に参加

    吉羽校長高校受験ですと、中学校が大きな力を持っていますが、中学受験となると、塾がそのかわりをしているようですね。それはあらかじめ知っていたので、塾回りを徹底的にしようということになりました。まずは開校前年の夏に、教員全員で首都圏の塾に出向き、農大一高が中学校をつくります、こういう学校にしますということを告知しに行ったんです。これがまず最初でしたね。
    それから私学協会や塾が主催する外部相談会にも積極的に参加するようにしました。これまでも高校として参加してはいたのですが、お付き合いで参加していた面が大きくて、実は私も校長になってから一度も行っていなかったんです。でも、中学校をつくるのだからそれじゃまずいだろうということで、私も積極的に参加しました。一人でも多くの方に本校を知ってもらおうと、会場にこられた方にチラシを配ったりもしました。
    そんな動きを見てくださっていた、ある相談会の運営側の方から「今までの農大一高はお付き合いで参加している感じで、ブースに2、3人来て話をしたらそれでOKという感じでしたが、いざ中学をつくるということになったら、先生方の目つきが違ってきましたね」と言ってくださったんです。外から見ても変わってきているんだな、と自信が持てました。

    小嶋1人でも多くの受験生を集めなければならないという意識により、教員全員が一丸となった。第3者から見てもその変化が分かるぐらいだったわけですね。いくらうちはすごい学校だよ、いい先生がそろっているよといったところで、それが受験生に伝わらなければ意味がないですからね。
    吉羽校長大事なことはそこだと思います。受験者があってこその私学なんですよ。受験生や保護者から見向きもされないようじゃダメなんです。説明を聞いてみようかな、と思われるためにはどうしたらいいのか、その点にいちばん力を入れましたね。その視点は入試制度にも取り入れました。そのひとつが、2月1日の午後入試です。受験者側が、この日程なら受けてもいいかな、と思ってくれるものを用意した。これを実施したおかげで、新設校に世間の目を向けさせることができました。

    スピーディーな意思決定が改革をスムーズに運ばせる

    小嶋これは一般論なんですが、大学付属の学校というのは往々にして動きが遅いです。それは、意思決定の権限が大学法人本部にあるからなんですが、お話しをうかがっていると、開設に向けての動きは実にスピーディーですね。法人本部による足かせのようなものはなかったのでしょうか。
    吉羽校長本校に関してはそれはあてはまらないと思います。私はその当時法人の理事でもありましたから、私の責任ですべて行なうようにとのことだったんです。そのかわり、報告する義務はきちっと果たしていました。
    小嶋先ほどの進学目標は、ともすれば「農大に良い生徒は送らない」という宣言にも受け取られかねないですよね。そういった部分にも法人のストップがかからなかったということですか。

    吉羽校長はい。ありませんでした。これからは進学校にならないと、中学・高校は潰れるという危機意識を法人本部が持っていたという点も大きいと思います。今はもう卒業生を農大だけに入れるという時代でもなくなった。もちろん、農大に入れるという役割も残っていますが、4分の3の生徒に対しては、しっかりとした受験指導を行わなければならない。そうじゃなかったら今の時代は残れない。そう感じていたんでしょうね。また、開設前後数年間という条件ではありましたが、広報予算もしっかりとつけてくれました。
    どちらかというと、法人本部よりも大学の先生方のほうが、いつまでも農大に進学させることにこだわっていましたね。国公立・早慶上智大学50パーセント合格という数値を掲げた時、農大に優秀な学生をよこさない気か、とよく言われました。それに対しては、全体のレベルが上がれば、その下のレベルも必然的に上がってきますので、高いレベルの生徒が農大に行くんだという説明をしました。

    中高だけでなく、大学もレベルアップしていくべき

    小嶋逆に大学が生徒からみて魅力あるものになるよう、努力しなければいけないということですね。

    吉羽校長それはそうです。私もまだ教授会に出ますけれど、今、一般的に大学はものすごく厳しい状況下にある。その時に学生をかきあつめるのではなく、来てもらえるような大学にならなければならないと思います。うちが生徒を農大に仕向けるのではなく、逆に生徒が行きたがるような農大にならなければならない。もちろん現在でも、バイオサイエンスや管理栄養士など人気の高いところには中学校の中にも行きたいという生徒はいますが。

    小嶋中高だけでなく、大学もお互いに切磋琢磨してレベルアップしていかなければならないということですね。ところで、入ってくる生徒たちの質が高くなれば、それに合わせて先生方の質も高くならなければ、生徒たちを伸ばすことができないわけですが、そこのところはどうお考えでしたか。
    吉羽校長教員のレベルアップに関しては、いちばん大事な部分だと考えていました。今いる教員に辞めてもらって、新たな教員を採用するのも一つの手ですが、それよりも今いる教員が、学校が変わっていくのに合わせて、スキルアップしてもらうのがいいと思いました。
    小嶋具体的にはどのような形で先生方のスキルアップをうながしたのでしょうか。

    吉羽校長まず手をつけたのが研修への参加でした。今までは校内に、研修に行くとその間他の教員に迷惑がかかるから受けにくいという雰囲気があったんです。それではダメだと思ったので、「まず研修に出て、他のところを知りなさい。自分の中で完結するのではなく、他の学校の先生方がどのように行なっているのかを学ぶのも大切なんだから。」ということを先生方に説明し、積極的に研修に参加できる雰囲気をつくりました。
    教科研修はもちろんのこと、生徒とのコミュニケーションのための研修や、組織のマネジメントのための研修にも参加させました。
    それから、生徒による授業評価を導入しました。学校の先生というのは一旦教室に入れば、自分のやっていることがいちばん正しいと思って授業をやっているわけですが、実際は受けている生徒がその授業をどう思っているのかが重要なのです。先生に教わってよかった、実力がついたよって生徒が思わなければ、何のために授業料を払っているのか分からないじゃないですか。特に、中学校は公立に行けばタダなのに、これだけ高い授業料を払って受けているのだから、それに見合うだけのものを与えるのは当たり前です。
    評価は受け持っているすべてのクラスの授業が対象です。クラスによって評価が異なることが往々にしてありますから。結果は先生たちにフィードバックします。その後、教頭が一人ひとりの教員と面談をして、生徒のさまざまな意見に対して、あなたは今後授業をどう変えるのか、ということを聴取し、改善目標を出させます。それで、翌年にその目標どおりにきちんと改善されているかどうかをチェックしています。対象は、非常勤講師も含む全教員です。

    小嶋授業評価は今どの学校もやられていますが、やりっぱなし、という学校も多いようですね。貴校の場合は結果をもとにした面談、目標提出、改善確認と、フォローをしっかりされていますね。ここまでやれば改善は必至、と思うのですがいかがでしょうか。

    吉羽校長そうですね。授業評価を導入して五年になりますが、年を経るごとに教員一人ひとりの評価が向上しているので、結果的に学校全体の授業の質が上がっていると確信しています。
    それを保護者の方達にも確認してほしいので、授業公開を春と秋の2回、行っています。それぞれ1週間ずつという長めの期間設定をし、できるだけ普段の授業の様子を見てもらえるようにしています。公開授業の後には、必ずアンケートを書いてもらっています。そのアンケートは集計して、教科と本人に渡します。保護者からの意見により、教員の意識を変えていこうという狙いもあります。

    小嶋最後に、これから改革をしようと考えている学校に対して、何かアドバイスがあれば教えていただきたいのですが。

    吉羽校長ここまでやってきて実感として思うのは、改革を進めるにはトップが率先して動かなければダメだということですね。校長が自らリーダーシップを発揮しなければ、後に誰もついてきてくれませんから。説明会などでも、校長自ら保護者に説明した方が説得力があると思いますので、できるだけ参加するようにしています。いろいろなことに関わりすぎて校長室にいないことが多いのですが、そのほうがいいのでは、と思っています(笑)。