6.私学において「進学実績」が持つ意味とは(6)- キャリア形成支援としての進路指導

  • 進学実績向上のための4つの条件

    ―「組織力」が相乗効果を作り出す!組織で取り組む進学指導のあり方―

    6 キャリア形成支援としての進路指導

    ≪前へ [第5回]

     

     

     私学として安定的に進学実績を向上させるために、「組織力」を活かした取り組み方をお伝えしている『進学実績向上のための4つの条件』。今までのレポートNo.1~5では、学校としての方針・目標設定の方法や授業力向上のための組織的な取り組み、進学指導体制のつくり方など、「進学」指導に重きを置いた示唆・事例をご紹介してきた。

     しかし、「進学」は、生徒にとっては将来どのような道を進むかという広義の「進路」の一部でしかない。進学の先にある自分の人生・生き方について考えさせるという意味では、進路指導とはまさに、人生をどう生きていくかという「キャリア形成」の支援であると言えよう。

     今回のレポートでは、進路指導の重要な要素であるキャリア形成の側面に着目し、“中高で求められるキャリア教育のあり方”ついて考えていきたい。

    6.1 キャリア教育とは?

     まず、「キャリア教育」とは何なのか、改めて確認しておこう。日本において「キャリア教育」の必要性が主張されはじめたのは、今から十数年前。当時は、ニートやフリーターの出現・増加といった若者の職業観の変化や就業意識の低下が問題視されていたため、職業選択に重点を置いた取り組みのことを「キャリア教育」と呼んでいた。しかし現在では、職業選択に留まるのではなく、「職業」を人生における要素の一つとして捉え、「これからどう生きるか」「どのように人生をデザインするか」という大きな視点で考えさせるための取り組みと位置づけられるようになっている。多くの学校で実践されている「キャリア教育」も、まさにこのような意図の下、展開されていることと思う。

     それでは、これからの社会を生きていくために必要な力・要素とはどのようなものだろうか。

    6.2 中高のキャリア教育に求められる二つの取り組み

     変化の著しい時代の中で、社会に巣立った彼らがより良く生きていくためには、“自律的に自分自身の将来を描き、自らの力で将来を切り拓いていく”ことが重要である。そのために、12~18歳の子どもを預かる中高のキャリア教育に求められているものは、端的に表現すれば「将来像を描くための取り組み」と「具体的な基礎的能力を養う取り組み」の二つと言うことができよう。「将来像を描くための取り組み」は、自分自身の人生をどのように形成していくかを描くための取り組み。そして、「具体的な基礎的能力を養う取り組み」とは、描いた将来像を実現し、社会で活躍していくための力(スキル)を養うための取り組みである。自校のキャリア教育の取り組みには、これらの二つの要素が盛り込まれているだろうか。二つの要素を軸とした『キャリア教育マップ』(図1)を使って、キャリア教育の取り組みを分類・整理してみることをお薦めしたい。

    %e5%9b%b36

     マップ上で取り組みを分類・整理してみると、自校におけるキャリア教育の全体像が見えてくる。場合によっては、ある象限に取り組みが偏っていたり、取り組みそのものが少ない学年があったりと、何かしらアンバランスな点が見つかるかもしれないが、大切なのは“マップのバランスをよくすること”ではない。なぜなら、この『キャリア教育マップ』が表すものは、自校が6年間を通じてどのように生徒を育てていくかというストーリーであり、どのような取り組みをどういう順序で行って生徒を成長させていくかという流れは、各校で異なって当然だからである。よって、バランスのよいマップが必ずしも100点ではないし、キャリア教育マップに「正解」の形はないのである。

     つまり、大切なことは、マップなどのツールを活用して取り組みの現状を整理したうえで、自校が「正解」だと考える、自校ならではのプログラムを構築することなのだ。

    6.3 私学だからできる、自校ならではのキャリア教育プログラムを!

     しかし、1校1校に違いがあってよいはずの『キャリア教育』におけるストーリーに、学校間の差異があまり見えてこないのが現状ではないだろうか。学校案内やホームページの「キャリア教育」の項目を見てみても、卒業生を招いた講演会や大学の学部学科調べ、オープンキャンパス参加レポートの執筆など、同じようなメニューを同じような学年を対象に実施していることの記載しかない学校が多い。残念ながら、各取り組みの狙いやつながり、全体のストーリーが語られていない。これでは、各校における独自性も伝わらなければ、同様の取り組みを実施する公立校と比較された際の私学としての独自性までも危ういプログラムと言わざるを得ない。

     それでは、私学の良さを活かしつつ、キャリア教育の中身をより充実させていくには、どのように取り組んだらよいのだろうか。私たちは、私学にしかなく、かつ各校で異なる建学の精神や教育理念を軸にすえたキャリア教育の構築を主張したい。すなわち、教育方針や育てたい生徒像に紐付けるという視点で、キャリア教育の取り組みの意図・狙いをそれぞれに再確認し、一連のストーリーのもとでプログラムとして再配置・再構築していくことが必要だと考えるのである。

    6.4 事例紹介

     建学の精神・育てたい生徒像に基づくキャリア教育プログラムとは、具体的にはどのようなものか、都内にある中高一貫C校の事例をご紹介したい。先進的にキャリア教育に取り組んできたとの定評があるC校では、育てたい人材像として「社会に対して主体的に関わる人材」というものを定めている。そして、将来生徒がそのような人材となるために、中高では“いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を身につけさせることが必要”という認識に立ち、「①深い教養・広い視野 ②表現力 ③コミュニケーション能力の3つを養う」というキャリア教育プログラムにおける指針があるそうだ。この指針がプログラム内でどう実現されているか、内容を少しご紹介したい。

    6.4.1 年間テーマを定めた中学の総合学習の取り組み

     C 校では、中学生は毎年決められたテーマに沿った取り組みを行っている。たと えば、「環境」がテーマの中1では、

     ・ エコ商品の開発・生産に携わっている保護者の方による講演

     ・ 環境問題に関する新聞記事のスクラップ

     ・ 新聞スクラップをもとにしたクラス対抗のディベート

     ・ 環境に関するアクションプラン作成

     というような取り組みを行っているそうだ。このように1つのテーマについて様々な方向からアプローチをさせることにより、指針の①深い教養・広い視野の育成を図っていると言える。また、ディベートやクラスでのアクションプラン決めを行う 過程は、②表現力や③コミュニケーション力を養成する機会となっており、1年間の取り組みの流れを通して、指針が常に意識されたプログラムになっていることが分かる。

    6.4.2 中学の学習の集大成! 高1「クエストエデュケーション」

     さらにC校では、中学3年間の学びを活かす場として、高校1年の総合学習と情報の時間を使って「クエストエデュケーション」に取り組んでいる。「クエストエデュケーション」とは、教育と探究社によるプログラムで、企業からのミッションについてグループで取り組み、最終的に企業に対して提案を行うというものである。全国大会も開催されるほど規模の大きい取り組みのため、導入しているという学校も多いだろう。

     ここで注目したいのは、「クエストエデュケーション」を“中学での学習の集大成”と位置づけている点である。中学時代に各テーマについて知識を深め、表現やコミュニケーション力を磨いた経験をフル活用して取り組むグループ活動や企業へのプレゼンテーションは、まさに文字通りの集大成だが、この取り組みを通じて社会に出て働くことのイメージを持たせ、高2以降の受験勉強へと切り替えさせていくという意味でも、1つの大きな区切りとして機能していると言えるだろう。

    6.4.3 事例紹介解説

     C校の事例では、キャリア教育プログラムの個々の取り組みが、育てたい人材像に基づく指針を狙いにして設定され、かつそれぞれの取り組み同士にもつながりがあるように体系化されている。ひとつひとつの取り組み内容については、真新しいものではないかもしれないが、各取り組みの意図が一貫していることで、C校オリジナルのプログラムになっているのである。

     しかし、現実にはプログラムを完全な形で作り上げることは難しい。C校も同様だが、実際は「走りながら作る」、つまり、やりながら修正を加え、徐々に自校独自のプログラムに仕立て上げていくことが必要になるだろう。

    6.5 キャリア教育の取り組みをきちんと“経験させきる”ための「アウトプット」

     キャリア教育の取り組みの形に、「正解」はない。自校オリジナルのキャリア教育プログラムについても、まずは現状の取り組みを意図・狙いから見直し、整理していくことで、方向性が見えてくるだろう。ただ、いくらそうして用意したすばらしいプログラムでも、実際に生徒の中に残るものがなければ、意味も効果も半減してしまう。

     様々な取り組みについて、ただ「知らなかったことが分かった」「楽しかった」という感想に留まらせずに、生徒をきちんと“経験させきる”には、どうしたらよいのだろうか。

     私たちは、各取り組みの後に必ず何かしらの形で「アウトプット」(表現)させることをお薦めしている。様々な知識や経験を得た後に、そのインプットした知識・経験に基づいて、自分なりの考えをアウトプットする機会を設けるのだ。それは、感想文やレポートの形でもよいし、壁新聞やレポート、プレゼンテーションでもよい。演劇、絵画など、多様な方法があるだろう。自分の考えを、自分の言葉で表現しようとするには、取り入れた知識や経験について再確認する作業が伴う。その確認作業を経ることによって、生徒は本当に“経験しきる”ことができるのではないだろうか。

    6.5.1 アウトプットにも“山場”を作る

     ひとつひとつの取り組みごとのまとめといった「小さなアウトプット」も実践していただきたいところではあるが、それだけではアウトプットを積み重ね続けるだけ、という状態になってしまう可能性もある。したがって、どこかの段階で「総括する」意味を含めて、卒業論文や調査研究レポートなどのように、その段階の自分自身の考えを大きくまとめ、表現する取り組みを実践されることを提案したい。表現するテーマ・内容や分量が大きければ大きいほど、自分自身と向き合って知識や経験を整理し、表現せざるを得ないからである。このアウトプットの山場に挑み、乗り切る経験は、生徒のキャリア形成に深く影響を与えることになるだろう。

    6.6 キャリア教育と進学実績のつながり

     生徒のキャリア形成を担う意味ではとても重要な「キャリア教育」だが、その効果測定の方法について、ご相談を受けることがある。確かに、キャリア教育の成果は、模擬試験の成績や進学実績の数値結果にすぐに反映されてくるとは限らず、どの時点でどのように効果検証をするのがよいかも不明確である。この点に関しては、先生方と意見交換をしながら継続して考えていきたいと思うが、だからと言って何の成果もないということはないだろう。たとえば、文系志望が多かった女子生徒に理工系志望者が出てきたり、第一志望を目指して浪人する生徒が増えたり、研究したい分野が学べる大学を地方や海外を含めて選択をする生徒が出てきたり、といったことは、十二分にキャリア教育の成果である。極端なことを言えば、たった1人の生徒でも前向きに学習に取り組むようになった、となれば、やはり取り組みの成果はあったと言えるのではないだろうか。キャリア教育のプログラムを通じて様々な職業や生き方に触れ、自身の特性や興味を知ることで、将来に対する生徒の目線は上がり、モチベーションも高まっていく。そうした進路意識・進路意欲を高いレベルに保ちつつ、目先の進路実現に取り組ませていくための手段が、前回までに述べてきた進学指導や受験指導なのだろう。

    6.7 おわりに

     今回は、「キャリア教育」をテーマとして取り上げたが、進路指導=生徒のキャリア形成にかかわる全ての支援と捉えれば、進路指導は行事やクラブ活動など、幅広く様々な要素をも含むものだと言うことができる。それゆえに、進路指導の充実や進学実績の向上に取り組むのは、たやすいことではない。まずは現状をしっかりと把握・分析した上で、どの分野・領域から手をつけていくのかという方針策定が重要な鍵となろう。

    ≪前へ [第5回]