私学におけるマーケティング戦略(1)

  • シリーズ概要 私学におけるマーケティング戦略
    「マーケティング」とは、自校の強み・弱みを的確に把握し、自校の目指すべき教育と生徒・保護者の求める教育を融合させた教育を創造すること。私学のマーケティング戦略について概略をご紹介します。

    中高マネジメントReport

    第1回 私学にとってのマーケティングとは

    <主な内容>
    私学にとってのマーケティングとは/セグメンテーションとターゲティング/セグメンテーションの実際/私学のプロモーション戦略

    「顧客」という発想

     マーケティングという概念が日本に入ってきたのは、戦後間もなくであるが、本格的に日本企業で活用され始めたのは、1980年代からである。
     戦後から1970年代までの、とにかくモノが不足していた時代は、どのようなモノを消費者が欲しているかは明白であり、それを安く大量に作って売りさえすればよかった。1980年代に入り、さしあたって必需品が満たされる時代になり、市場の成長が止まると、限られたパイの中でのシェア獲得競争が激化したため、この時期から企業はマーケティングを重視し始めたのである。単純な商品を大量に作って売ることから脱却し、顧客に目を向けて、多様なニーズへの対応をしていくようになった。家電製品のカラーバリエーションが増えたり、AV製品のタイプやグレードの数が増えたのもこの頃からである。
     企業は、消費者が求めるものを自ら発見して作っていかなければならなくなった。そこに、マーケティングという発想が必要となったのである。現在のように豊かになった日本においては、企業戦略ではマーケティングが非常に重要な経営課題になっている。

     

     マーケティングを考えるとき最も大切なことは「顧客」という発想を持つことである。
     「消費者」という言葉がどちらかといえば不特定多数の購買者をイメージしているのに対し、「顧客」はその企業にとって一人ひとりの大切なお客様というニュアンスを持っている。
     つまり、マーケティングという概念は、見えない不特定多数に対して「作ってから売る」という「供給者志向」の発想から、「ニーズに合わせて作る」という「顧客志向」の発想への転換を意味している。

     

    非営利組織にとってのマーケティング

     では、非営利組織である私学にとってのマーケティングは、どのように考えればよいのだろうか。
     マーケティングは「お金儲け」のための手段ではないということは序章でも述べられていたと思うが、そこでの定義をもう一度繰り返すと、
     「マーケットを分析し(セグメンテーション)、サービスの対象を絞り込み(ターゲティング)、自らの位置付けを明確にする(ポジショニング)ことで、ニーズに応じたサービスを創造すること」
    ということであるが、一言でいえば「マーケティングは顧客の求めるものを把握し、創造していくこと」である。
     非営利組織である私学は、利益を上げるために存在しているのではなく、受益者のニーズを満たすために存在している。
    したがって、受益者である教育を受ける生徒(およびその保護者)のニーズをきちんと把握し、ニーズを満たす教育を提供していかなければならない。
     非営利組織は、「ミッション(使命)」が経営の根幹であるが、私学にとっては、自らの建学の精神や教育理念をべースに、社会が求める人材を育てることがミッションであろう。その意味でも、私学にとってマーケティングは欠かせないものなのである。

     

    私学はマーケティングをしてきたか

     こう考えると、マーケティングは公立学校にも必要なものだということがおわかりいただけると思う。
     しかし、公立学校はこれまで、顧客側が選択権を持っていないことをいいことに、マーケティング努力を完全に怠けてきた。
     その結果、現在のような悲惨な状態に陥っているのである。
     私立は、と言うと、ある時期までは「選ばれなければ生徒が集まらない」という立場に置かれていたため、公立よりはマーケットを意識してきたと思う。
     しかし、何もしなくても生徒が集まる時代(1980年代後半)を経て、一部の私学では、そのマーケティング努力も失われて、90年代には非常に厳しい立場におかれるようになった。
     企業と同じように、需要が供給を下回るようになると、プロダクトアウト(供給者志向)の学校は生徒が集まらなくなったのである。
     時代が変化しているにもかかわらず、それまでのやり方をかたくなに変えず、時代に取り残されていったのである。
     私学は、教育という性格上ある程度プロダクトアウトにならざるを得ない面も持っている。つまり、最低限やるベきこと(いわゆる学習指導要領)は決まっているということである。
     曰く「特色を出すことは難しい」と。
     しかし、よく考えてみると、最低限やるべきこと(基本機能)が決まっているのは私学だけではないことがよくわかる。

     

    クルマという商品はマーケティングが徹底している

     クルマ(自家用車)という商品はどうだろうか。やはり、クルマといえども基本機能は決まっているのではないだろうか。それは、「早く安全で快適に移動する」ということであろう。
     学校も同じで、やるべきことが一律なのではなくて、基本機能が決まっているということなのである。
     つまり、「社会で生きていくための基礎的な知識、学力を身につける」ということである。この基本機能は外せないとしても、それ以外のところは、学校独自の考え方で行なえるのである。
     クルマはご存知の通り、様々なタイプがある。クラウンやレクサスのような高級車もあれば、ヴィッツやマーチのような小型車もある。
     つまり、基本機能を追求しながらも様々な個性を出しているのである。
     クルマ一台一台が、マーケットをセグメントし、ターゲットを絞ることで、自らのポジショニングを明確にしているのである。
     もう少しクルマを例に見てみよう。
     クルマの基本性能を上げようとすると、やはり価格が上がってしまう。つまり、基本性能が高いクルマから順に価格という一つの軸で序列化されてしまう。こう なると、お金持ちが基本性能の高いクルマに乗って、お金がない人は基本性能の低いクルマに乗る、という一律の構図ができてしまう。
     しかし、実際はそうではない。基本性能である「快適性」を犠牲にして「スピード」を追求するクルマもあるのだ。
     これは、クルマにスポーツ性を求めている顧客がいて、そこにターゲットを絞ることで異なるマーケットが創造されたのである。
     また、ニーズが「日常の買物に出かける程度」であれば、それほど「快適性」は必要なく、むしろ狭い道で「取り回し」のきく小さなクルマの方が求められるであろう。そうして、小型車もれっきとしたマーケットを築いているのである。

     

    私学に当てはめてみるとどうなるか

     さて、翻って私学のマーケットを考えるとどうであろうか。
     基本性能は「学力」だと考え、より高いレベルで基本機能を追求しようとすると、入学時から高い学力を持った人に入ってほしいと考える。つまり、学力偏差値 の高い人が高い学力成果を出す私学に入って、偏差値の低い人があまり学力成果が高くない私学に入るという構図になってしまう。これはクルマの例でいうと、 お金持ちとそうでない人の関係によく似ている。
     私学にとって、一面では入口も出口も学力試験で成果を測られるので、この構図が出来上がってしまうのは仕方のないことかもしれない。
     しかし、当然求められているのは「学力」だけではない。私学は、独自の教育理念のもと、部活動や行事、道徳やホームルーム、進路指導や生活指導、生徒会指 導などを通じて様々な人間教育を行っているわけで、それを求めている生徒・保護者は必ずいるはずである。
     つまり、私学にも「スポーツカー」や「タウンカー」「オフロードカー」など様々なタイプがあってよいのではないだろうか。

     

    クルマと私学のマーケティング上の比較

     

    次回は、私学におけるマーケティング戦略を具体的に考えていきます。
    乞うご期待!

     

     

    <著者紹介>
    コアネット教育総合研究所所長
    一橋大学社会学部教育社会学専攻卒業後、企業の経営企画部門に勤務。1997年より三和総合研究所コンサルタント。企業や学校法人の経営コンサルティングに従事。2000年よりコアネット教育総合研究所主席研究員、2003年より同所長。現在、私学経営や中等教育に関する調査・研究を行いながら、私立中高からの改革に関する相談や調査の依頼を受けている。